第三回

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 ヂリリリリー。島の北東部にある茶花漁港で午前八時半、ベルの音がけたたましく鳴った。セリの始まりだ。コンクリートの床に直接置かれ、または容器に入れられ、赤青黄と色鮮やかな魚がずらりと並ぶ。
 「マンビキ(シイラ)」「オジサン(ヒメジ)」「ババ(イシズミ)」「ピキ(スズメダイ)」「シビ(キハダマグロの子供)」「ムレージ(グルクン)」「ヤコウガイ」…。
 島の呼び名が書かれた紙切れを見ていると、まるで水族館の店じまい風景のようでいつまでも飽きない。
 仲買人たちはチョークで金額を書き込んだ板切れを箱に突っ込んで入札する。落札された魚は次々にトラックに運ばれていく。自分の身長ほどもあるシイラをバイクに丸ごと乗っけて帰っていく強者のオバアもいる。与論の港は朝から与論であった。

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 海に囲まれた与論島だが、昔は専業の漁師はおらず、農業の傍ら自分が食べる分を取る半農半漁が中心だった。だが、冷蔵庫などが普及し、流通が発達するにつれて魚が島外で「売れる」ようになっていった。次第に漁師は増え、現在は与論漁協の正組合員は約八十五人。もっとも現在でも漁だけで食べていくのは簡単なことではなく、専業といえるのは十人ぐらいという。
 島では北風が吹く十一月から翌六月まではソデイカ漁が中心で、南風が吹く六月末の梅雨明けから九月ごろまでが一本釣り漁の季節である。
 一本釣り漁はこの島では主に漁師一人でやる仕事だ。天候をにらみ、海底の潮流を読み取るのもすべて一人にかかっている。
 「ホタ(アオダイ)は腹に時計を持っている。太陽が沈む瞬間にエサを落とすと釣れるんだ」
 漁師歴四十年の重村慶一さんは語る。人間と魚の知恵比べ。こうして釣り上げたときのうれしさはこの上もない瞬間だという。
 「二日でも三日でも眠らずに釣り続けることもある。釣れないときは本当につらいが、釣れたときの楽しみがあるから続けられる」

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 どんなに豊かな海でも、魚は取り過ぎれば確実に減る。与論島周辺でも漁獲資源の減少は起きている。
 一本釣り、素潜りで漁を続けている原田洋和さんは「今は六百メートル下の海底に落とした針を魚群探知機で測りながら取ることができる時代。そんな技術でひたすら取りっぱなしでは魚が減るのは当たり前」と嘆く。
 ソデイカ漁もかつては、針を十本入れればソデイカ四、五本がかかってきたが、今では三十本入れて数本程度だという。
 もちろん、周辺の海での資源減少は与論島の漁師だけでなく、沖縄などからのすべての漁師がかかわっている問題である。だが、与論島のリーフ内にも異変は起きているという。
 原田さんによれば、海岸沿いに防風林を立てたおかげで、リーフ内に砂がたまり、海底の藻が消え、魚の姿が減少してきているという。
 「昔は潮が引けばリーフの上で伊勢エビが取れた。一晩で九十匹とったこともあった」
 重村さんはかつての豊饒な海を懐かしむ。
 傍目では青さに感動を覚える美しい海にも、確実に変化が起きている。

(銭本隆行)