第四回

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 かやぶきの木造民家、琉球様式の赤瓦の武家屋敷、サトウキビをしぼる圧搾機、今では使われなくなった木製の農具や漁具、ソテツの葉で作った虫かご…。
 敷地内に足を踏み入れると、何気なく並べられていた古民具の数々を目の当たりにし、一昔前の島にタイムスリップしたような感覚に陥った。
 与論民族村は、農家の主婦だった菊千代さん(78)が、経済成長に伴って消えていく古い民具を残そうと集め、昭和四十一年に展示したのがはじまり。いわば私設郷土資料館だ。
 「当時は物置小屋に『民族村』の看板を掲げた程度の簡素なものでした」と菊さんは笑うが、「新しいことは素晴らしい」時代に、身の回りの大切なものに気づいて保存した視点には驚きだ。

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  菊さんが興味を覚えたのは民具だけではなかった。民具を整理し、方言名と標準語で台帳に付けていくうちに、「民具が消えるとその言葉も消えていく」ことに気づいたという。島では昭和三十年代ごろ、「標準語励行」と称し、方言が標準語に無理やり取って代わられつつあった。
 「言葉が無くなるのは、ふるさとの心がなくなってしまうようなもの。残していかなければ」
 こうした思いから、菊さんは外出には常に鉛筆と手帳を持ち、日常生活や古老との会話で気づいた与論の言葉を書き留めるようになった。
 集めた言葉をまとめた方言集を昭和六十年に自費出版。この本が言語学者らの目にとまった。与論の方言は、母音の数が三つ、動詞の禁止形は二種類と、沖縄と奄美の方言の特徴を兼ね備えた独特で貴重な言葉。辞典づくりを勧められた。
 「小学校しか出ていないのにできるはずない」と最初は固辞したが、学術的な整理は学者が協力するということで六十二年からスタートした。
 沖縄国際大の高橋俊三教授の指導を仰ぎながら言葉を集め、名詞や動詞、形容詞、助詞などに分類し、例文を添え、索引をつける地道な作業。そして昨年四月、日本学術振興会の補助が出ることになり、今春、ついに出版された。掲載語数は約一万五千六百語にのぼる。沖縄本島や石垣島などの方言辞典はあるが、人口六千人の小さな島の方言でこれだけの規模の辞典は過去に無いという。
 「言葉は使われて初めて存在意義があるが、消えつつあるいま、辞典として残すしかない。若い人たちが『与論には素晴らしい言葉があったな』と、一語でも引き継いでもらえるように辞典を活用してもらえればうれしい」
 菊さんはこう語る。

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 もっとも、菊さんの方言への思いは確実に引き継がれている。与論民族村の代表で次男の秀史さんは方言を残すため平成十四年十月から月一回、与論小学校の総合学習の授業で方言を教えている。
 「成果は簡単には出ない。同世代では方言で話すが、子供には標準語で話す親が増えている。家庭で親が方言を話し、日常会話の言葉としていかなければならない」
 島の別の小学校でも同様の取り組みが始まってきているという。方言継承は、菊千代さんの小さな興味から島人の大きな関心へと変わってきている。

(銭本隆行)