第十回

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 「右足を斜め前に、今度は左足を斜め前に」
 ヘッドマイク姿のインストラクターの掛け声とビートが効いたミュージックにあわせ、三十、四十代の主婦たちがステップを踏んでいた。
 ここは与論町立体育館の「砂美地来(さびちら)館」。毎週水曜日と土曜日にエアロビクス教室が開かれている。
 「血液の中性脂肪の数値がかなり下がったの。体脂肪率も3ぐらい減ったわ」
 一年間通い続ける主婦、里貴子さん(45)は汗をぬぐいながら喜びの声を挙げる。
 教室では、まずウオーミングアップで身体をほぐし、さまざまなステップを含んだエアロビクス、ゴムチューブやマットを使った筋力トレーニングをみっちり一時間半行う。まさに全身を使った有酸素運動だが、参加していた吉川喜代美さん(44)は「やる前はハードかなと思ったけど、まったく問題なかった」と語る。
 「島にはこれまで、主婦が手軽に運動できる場がなかった。楽しんでもらえればそれだけでうれしい」
 教室を二人で主宰し、インストラクターを務める嶺島浩子さん(37)と山田澄代さん(36)は口を揃える。

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 島内にエアロビクス教室は現在五つ。八人のインストラクターが単独、または共同で特色ある教室を公民館などで開いている。生徒は三十、四十代の主婦を中心にあわせて80人にも及ぶ。エアロビクスの風が島の主婦に吹いている。
 だがエアロビクスが島に入ってきたのはわずか三年前のことだった。伝えたのは、中学校教諭の夫の赴任に伴って移り住んだ桑原美砂恵さん(36)だった。
 桑原さんが島へ来たのは平成十四年四月。桑原さんはそれまで、鹿屋体育大学を卒業後、福岡のスポーツクラブやスポーツ専門学校でエアロビクスを教え、結婚、出産後も鹿児島市内でインストラクターをするなどしていた。
 島では同じ境遇にいる教員の妻らとすぐに仲良くなった。すると、桑原さんの経歴を知った妻らから「エアロビクスを教えてほしい」と頼まれた。
 「エアロビクスを続けられ、それが人のためになるなら」
 二つ返事で引き受け、早速五月の連休明けからはじめた。当初は週一回、仲間五人ではじめたが、すぐに週二回となり、参加者も十人を超えた。六月からはパナウル診療所で中高年のための教室もはじめた。こうしてエアロビクスは島に浸透していった。

   ◇   ◇

 桑原さんは三児の母であり、教室は子供を保育園に預けられる昼間しか開けなかった。さらに、夫の赴任期間にも限りがあり、いずれは島を離れなければならない。
 ブームの高まりとともに教室を担えるインストラクター、しかも島人のインストラクターを養成する必要が出てきた。二年前に養成講座をはじめ、昨年六月には鹿児島から検定教官を招いて試験を行い、ついに九人のインストラクターが誕生した。
 これを機会に「YORONエアロビクス協会」が発足。インストラクターの連携を図り、各公民館で開く教室の参加費を「温泉感覚で来てもらえるように」と一回三百円に統一した。
 現在は「タラソテラピーアクアエクササイズ」「骨折転倒予防教室」「メンズエアロビクス」などの健康事業も展開。将来的には「NPO法人」の取得も検討している。
 桑原さんは「いずれは島を離れるだろうが、島と関わり続け、エアロビの技術をこれからも伝えていきたい」と語る。
 一人のエキスパートの来島が、島のあり方を変えた。古来、島外からの客を『まれびと』と呼んでもてなし、さまざまな世間の情報を得てきた奄美の島々。その姿は今でも変わらない。

(銭本隆行)