第一回

1号特集 イチョーキ長浜

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 繁華街を抜けると、真っ白な浜辺に着く。
 砂浜の上にはギリシャ風の白い舞台が太陽に照らされる。春にはヨロンマラソン、夏にはサンゴ祭りのメイン会場として、この茶花海岸には年中多くの人々が訪れ賑わう。

 以前この浜は、今の漁港から茶花海岸、江が島桟橋まで続いていた。ここを利用して競馬が行われるほどとても長い浜辺だった。現在ではあまり呼ばれることも少なくなったが、島民は皆ここを「イチョーキ長浜」と呼び、親しんでいた。
 

 長浜の端の茶花漁港は、当時島で唯一の港、島の表玄関として栄えていた。赤佐港と呼ばれ、古来より小型船舶の寄港、または避難港として使用された。この場所から多くの若者や出稼ぎ労働者はハシケ(港から本船へ渡る小舟)に乗り港を後にしたのだった。

昭和54年【昔】 平成17年【今】

 昭和三十八年、島民の願ってきた接岸の夢がようやく叶い、茶花港(江ヶ島桟橋)が完成した。この頃から徐々に浜は姿を変えて行く。
 ヨロンにも開発の波がやって来て、海岸線は切り開かれ道路ができ、そして今のような景観になった。
 

 イチョーキ長浜は時代と共に市街地の海岸線としてヨロンで一番変化した浜だといえる。
 その変化には、寂しさと、今の生活を支える先人達の強さが思われる…。

■右の写真は、観光ホテルから海岸線を眺めたもの。

 道路は少し狭く、モクマオウやソテツが生えていないので、海岸と道路が隣り同士になっている。
 奥の方を見ると、漁港は小規模であり建物の数も今に比べるとずいぶん少ない。

 
昭和40年代後半 江が島へ続く道を造成中   平成17年現在 コースタルリゾート計画完成予想図

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