第一回

準備
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 今年のヨロンマラソンが終わった次の日、供利港からフェリーに乗って大勢の市民ランナーが続々と引揚げていく。悪天候が続いた割に何故か良い天気?で、精一杯実力発揮したのだろう、ランナー達の顔は晴れ晴れとしていた。
  「行ってらっしゃい!!」ここでは「さようなら」とは言わない。見送る人たちの横には、もう来年の大会の開催日の立て看板が立っていて、後364日とカウントダウンが始まっている。そう、後364日すれば皆の元気な顔に再会できるのだ。もう来年2005年に向けての準備がスタートしている。

 私事になるが、今回のヨロンマラソンは全くもって準備不足だった。今まで4時間台でゴール出来ていたのが初めての5時間台。(そりゃそうだろう、もう年だからしようがないよ)と何処からか声が聞こえたようなのは?空耳??
 正直に言えば魚の目が足の指に出来たせいだ。元来外反母趾で4Eの幅の広いランニング・シューズを履いていても足の横側に豆が出来て悩んでいたが、思い切ってシューズと足の喧嘩しているところに穴を明ける荒療治で、豆の出来るのは無かったのだけれど、今年1月頃から走ると指の間が痛み出し、とうとう限界が来て医者に診てもらったら何と魚の目で、「走っている限り直らない」と冷たい宣告。
 走り込みで走力を付けなければいけない時に残念な事になってしまい、全くの準備不足のままで3月7日を迎えた。折り返しまで何とか走れたが、そこからはスタミナ・パワー・脚力全て不足。自業自得と言うけれど、マラソンは歩くもんでは無いとぼやきつつ、2.5km毎の給水所で各駅停車しながら、悟りを開いたらこれもまた良しの2004年ヨロンマラソンのゴールだった。