第4回

6月6日のフォークダンス
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スタート前に記念撮影
 今日は平成16年6月6日。丁度6年前の6月6日。当時66歳だった私にとって忘れられない一日だった。

 阪神淡路大震災で半壊の我が家の修理が一段落したので、リフレッシュに与論島に来ていた私に、思いがけない大きなプレゼントが与論島一周マラソンだった。出来ればという希望を前もってお伝えしていたものの、まさか実現するとは思いもよらなかった。
 マラソンコースを走ってみたいけれど、一人でだと迷子になったら困るので、どなたか道案内をして頂けたらと思っていたが、丁度6月6日に行われる茶花小学校の小運動会の会場からスタート・ゴールするように、楽園荘の本園マサ子さんを始め茶花小学校校長の和田先生や藤岡教頭先生、観光課長川上さん、川村さん達がレールを引いて下さったお陰で、今になって振り返ると、随分無理をお願いしたものだなと感謝以外言葉は無い。

 当日は朝方まで雨で、これは大変な事になったなと観念していたが、つきも実力?とか雨は上がってくれた。会場は多目的ホールに変更になったが、もう雨の心配はなかった。ラッキーと思いきや、何と来賓席に案内されてどぎまぎしてしまう。小運動会の開会式が始まり、和田校長の後から児童達に挨拶をと言われて、こんなの苦手だな・・・・・

支えてくれたマサ子さんと家内。栄光の花の冠は、本当は彼女たちの頭上の方が相応しいかもしれません。
 校長先生の合図のピストルで黄色い声援を受けて会場を一周して外へ走りはじめた。伴走はゆんぬ走友会の強力メンバーが3人。それに先導のバイクと、私一人の為にとしては、どう考えても気恥ずかしい事限りない。時々カメラを構えた人がちらほら。ヨロンマラソンとは違った晴れがましさで、足が地に付かないという状態だ。ところがである、ヨロンマラソンと同じように翔竜橋には町役場の人たちで給水所が準備されていて、水、ポカリスエット、バナナ、パイナップル,黒糖とずらりの豪華版。福知山マラソンでは考えられない。
 給水所はこの後百合が浜、寺崎にも。私たちが通り過ぎた後、別の道を通って先回りしてテントを張って待っていて下さったのだ。それに加えて、ずーっと後ろからマサ子さんがワゴン車で最後までついていてくれていたのは嬉しい驚きだった。大勢の人の後押しのお陰で、2時間余りかかって茶花小学校の小運動会が終わりに近づいた頃にゴール。花を飾った冠を載っけてて下さった。オー恥ずかしー。
 プログラムの最後はフォークダンス。児童達は明るく踊り始めたが、その中の数人が私に一緒に踊ろうと誘ってくれた。「ありがとう。でも足が痛くて・・・」と断ったが、実のところフォークダンスはよう踊らんのです。本当に残念でした。

 もうこの児童達は高校3年生になっているはず。あの時の事、もう忘れてしまったんではなかろうか。でも、私はこうしてしっかり覚えています・・・・・(2004.06.06)