第6回

マナー
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遍路道の標識は長辺が15センチ程
 今回は走るのではなくて歩く事です。歩く事を軽くみたらいけません。走るのより歩く方がしんどい時もあるからです。その中で、究極の歩きの一つに四国八十八ヶ所の歩き遍路があり、四国全県をぐるりと廻って約1400kmの長丁場で、通して歩くと50日から60日かかるとか。

 弘法大師の足跡を辿ることになるのだが、別に信仰心が厚い訳でもない私にとっては深い理由などなく、長距離を歩き通せるのかなといった感じ、フルマラソンを完走できるのかなと思う事と同じで、3年前に第一番札所からスタートしたのです。
 一気に全部を歩き通すのではなく、一日か二日で切り上げて、それを繋いで行くのですが、この札所というのが上手い具合に建てられていて、一番札所と二番札所の距離は1.5km程で難なく着きます。それも道は平坦で、楽なものだなと思わせるのがみそ。次へは3km余りで、いっぱしの巡礼気分も良い調子、足も軽くこれなら楽勝だ・・・・・
 とは言いつつも、弘法大師や仏様のお顔を拝んでいると、だんだん殊勝になってきて、亡くなった両親や親戚の事、親しく接してくれた先輩や、若死にしてしまった友人の事などが思い出されてくる。思えば元気で歩けるありがたさをしみじみ感謝。
 感謝と言えば、遍路道は自動車道と違って細い道を辿る事が多く、よく見ると道しるべが適当に立てられていて、殆ど迷う心配はなさそうだ。万が一、道を間違ったら地元の人が声を掛けてくれる。こうして新米の歩き遍路の始まりだ。

 話は一挙に二十番札所への遍路道を歩いている時に飛ぶ。

途中からは登山道のような急な坂道に
 この辺りになると札所間の距離が長くなって、十九番札所からは15km余り、最後は参道と言うより登山道というのが相応しい急な坂道が待ち構えている。そろそろ修行と言えるのかもしれない。でも、最近はこれもブームで四国遍路に出かける人が増えているが、大半は自動車利用で、歩き遍路はまだまだ少数派だ。その日も誰に逢う事もなく、それでも時々は、白衣のお遍路さんのツアー客を乗せたマイクロバスが追い抜いて行く。自動車で行けば山門の直ぐ前に駐車場があって、そこからは直ぐらしい。そんなバスを見送りながら、歩いた方がこんなに自然を感じながら無心で行けるのにと少しは悟りの心境。ウグイスがしきりに鳴いているが、バスからだと聞こえないだろう。もったいない事だと思う。
 2時間も歩いた頃に、とある民家から手招きする人がいて、「お接待しますので休んでいって下さい」と声を掛けられた。
「お疲れでしょう。コーヒーを入れますので・・・」と椅子を勧められる。
お接待と言うのをご存知だろうか。このようにして歩いていると地元の人から「どうぞ」と声を掛けられて食べ物を差し出して下さる行為と思っていたのだが。
 「お接待は、弘法大師様が修行の為に歩いている姿を歩き遍路の上に重ねて見て、差し上げるのです。だから、差し出された物は何であれ、有り難く頂くのが作法です」と教えられた。そうとは知らなかったと無知を恥じる次第。

 「最近のお遍路さんもマナーが悪くなって、本当に困ったもんだ。この辺りでもお接待でお泊めしていたんだけれど、とうとう止めてしまったよ」ご主人の嘆き節だ。そう、本当に同感だ。駐車場から大声で談笑しながら境内に入ってきて、先ず山門の前でポーズを取って記念写真を撮る人。トイレはどこ?と走り出す人。観光地じゃないよと言いたいところだ。集団行動をとる、と言うより迷子を出さないようにするのにはそうしなければいけないのだろう。「簡単に誰でもお遍路さんに行けます」と広告を出す旅行会社。信心とは縁の無い、今流行の「癒し」を求める人の多さがこう言ったマナーの無さの一因かもしれない。癒しを他に求める事には賛成しかねる・・でしょう??


険しい道を下って人里に辿り着くと、ホッと休まるような風景が
  どうも話が脱線したようだ。差し出されたお接待は、何であれ有り難く頂戴するのがマナーで、例えばミカンを沢山持っている時にミカンを出されても断るのはいけない事だ。もし自分が要らないのだったら他のお遍路さんに渡すとか、それも出来なければ道端のお地蔵さんにお供えしても良い。善意が生かされなければならないのだ。

 お接待の事や、騒々しいお遍路さんだけではなく、マナー違反が目に付く最近の風潮にはほとほと閉口する。特にやったらいけないとされている事を無視する風潮が目立つ。道路上の煙草の吸殻、犬の糞、空き缶にペットボトル。自動車の不法駐車で道を塞がれるのも怖いが運転中の携帯も目立つ。しっかり前を向いて運転せんか!と言いたいところだ。

 政治の話をしたくないが、この国の首相の言葉の軽さもマナーなど何処かに置き忘れたようで、年金が減ってくるのも気に食わないが、力説すればするほど戦前の世界に戻る怖さで身震いする思いだ。私事になるが、6月19日は昭和20年に沖縄の糸満で戦死した父の命日だ。戦争の怖さを知らない政治家が兵隊ごっこを楽しんでいるかのような現状は許せない。竹の棒を振り回してチャンバラをするような具合にはいかないのだ。竹の棒が当たっただけでも大泣きした昔。それで戦争ごっこは終わってしまったのだが・・・・・(2004.06.18)