第12回

100kmウルトラマラソンの話
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 表題のヨロンマラソンと違ってしまって申し訳ありませんが、せめて暑い夏の季節には、涼しい北海道の話題に変えさせて頂く事をお許し願いたい。

85km辺りの竜宮街道を飾る「エゾスカシ百合」
 フルマラソンに対してウルトラマラソンと言うのがあって、100kmを走る事になる。与論島を4周して、なおかつ茶花から皆田離までに相当する距離をと考えただけでうんざりする。でも、世の中には物好きなのがいるもので、実は私もその中の一人だ。
 「ランナーズ」と言う雑誌に、「ウルトラマラソンを完走すれば人生観が変わる」とあった。それに加えて走る方法も述べてあって、とにかくゆっくり走る事と、長距離を走る練習が大切だとある。制限時間が13時間。単純計算すれば、1kmを7分30秒でよい事になる。平素走っている速さからいうと随分遅い。それなら私にも出来そう・・に思う。舞台が北海道のサロマ湖周辺というのも魅力的だった。、100kmを走ると決めてからは、スピードを2割落とす練習に入った。1994年の春の事。丁度10年も前の事になる。昔話で申し訳ないが、参考にして頂ければと願いつつ書いている。

 私の得意技に、手紙大作戦がある。その時も二箇所に手紙を出した。 一通は佐呂間町長、そして標茶町観光課へだ。
 大会委員長の佐呂間町長の堀さんには、スタートから5kmまでのコース上1km毎に白線を入れて頂く事と、北海道随一の生産量を誇る絞りたての牛乳を飲みたいという勝手な希望だった。ヨロンマラソンでは1km毎に標識があって、ペース配分にもってこいだが、サロマの場合は5km毎の表示という事前の発表で、5kmまで走らないとスピードの確認が出来ないのは、ともするとスタート時のオーバーペースになりやすいので、是非にとお願いしたのだった。
  当日、早朝5時スタート。お願した通り1km地点には路上に白線が引かれてあるのを見て一安心。当時の記録を見ると、5km毎のタイムが31分から32分で前半、後半は35分から40分で走り通している。ペース配分大成功。お願いしてよかった!!。

ゴールでの佐呂間町長の堀さんと
 サロマ湖で一番美しいと言われる竜宮街道は85km辺り。ここでのアップダウンで、結構疲れていたので、登り道は歩いてもしようがないとスピードを落として歩き始めたら、かえって足の筋肉が痛くなってきた。遅くても走ったほうが痛みがましとは??全く思いもよらぬ始めての感覚だった。
 予想に近い12時間15分30秒のゴール。家内と一緒に堀町長が待ち構えていて・・・・・

 スタート地点からキャンプ地へ戻ろうと自動車に乗って、チェンジギアーを入れようと思っても、肝心のクラッチペタルが踏み切れない。脚力全部使い果たしたせいだろうか。もうヤケクソでギアーをガリガリ言わせながら強引に車を走らせた。この時ほど、オートマチック車が欲しいと思った事は無かった。

 翌日、完走パーティが終わった後、堀町長が佐呂間町の絞りたての牛乳を飲まさせて下さる為に公用車で迎えに来て下さった。手紙でお願いした事が本当になってしまった。有り難い話だ。それからは、毎年年賀状を頂戴しているが、御元気で、まだ佐呂間町長を務めておられる。(標茶町観光課の話は、次回の「わらしべ長者」で・・・2004.08.02 亀野稔)