第21回

兎さんではないけれど
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与論島点描 皆田離の奇岩と蒼い海


台風23号時の与論港・・・・


昔の漁船 手前の小さなのが兄の舟だった


23号台風の被害を報じた朝日新聞
水没したバスの上で救助を待つ人達
 このコラムを始めてから20回の大台を越えた。やれやれである。兎さんではないけれど、ここらでちょっと一休みさせて頂きたい。「亀さんの癖に何言ってるんや。史実と違うじゃないか」と轟々たる非難の声・・は、少し大げさ過ぎるかも??
 内輪話になるが、Webマスターの植田さんとの最初の話では、月に一回程度で良いのではないかとの優しい言葉だったので、その程度なら何とかなるだろうと始めた。最初から締め切りに遅れるようなことがあったら迷惑を掛ける事になると思ったので、続けざまにコラムを仕上げて植田さんに届けたのが私の計算違い、植田さんの買い被りで?「行ける所までこのペースで行きましょう」は、まるで最近開通した九州新幹線のスピードに勝るとも劣らない。トホホ・・である。(19回参照)

 一休みも二休みもして欲しいのが台風。23号のお出ましで、当地にも暴風警報が出ている最中。何でこんなに次から次へやってくるのだろう。南の海で静かに休んでいて欲しいと願ってもこれだけはどうしようもない。アジアでの俗称を「トカゲ」次の24号を「ノックテン」と可愛げのない名前が付いているが、どうも「大トカゲ」の様相で、暴れまわらない事を願うのみだ。

 最近の台風に名前が付いていたとは知らなかったが、昔の大型台風にはアメリカ女性の名が付いていたことがある。何十年前か忘れてしまったが、忘れる事が出来ないのがジェーン台風だ。当時、私の二歳年上の兄が木造の漁船を持っていた。沖縄のサバニと似たもので、エンジンも付いて無く、櫓を使ってエッチラ、コッチラ進ませる。それも中古の舟だったので、水漏れが多く、隙間の開いたところには槙肌(マキハダ)といって、油気の多い樹皮を柔らかく紐状にしたものを叩き込んだりする仕事を、兄と共によくやったものだが、それでも海水がじわじわと入ってきて、杓子とバケツは欠かすことが出来なかった。それでも日曜日毎に一本釣りを楽しんだが、奇妙にも兄の釣果には何時も及ばなかった。
 そんなボロ舟だったが、ジェーンさんの大暴れの大波で、哀れにも胴体を抉られてしまって口惜しい思い出だけが残っている。昔も今も台風は本当に怖い・・・・・(2004.10.20)

 本当のところは、以下余白としておくつもりだったが、一夜明けて23号台風の被害が報じられてくると、話は他人事ではでは無くなってきた。昨夕(10月20日)明石市に一番近づいてきた時、暴風域でありながら思ったより風は弱かったが、台風の北側の猛烈な雨が降って来た。前日から前線による雨が止むことなく続いていたので、こりゃヤバイなと思っていたら、平常は雨の少ない兵庫県でも、水と土砂崩れによる被害続出。全国で80人余の犠牲者が出てしまい、近年に無い大惨事になってしまった。京都府の舞鶴での観光バスの乗員37名が遭難寸前で救出されたのは僅かな朗報だったが、願わくば訪問先の福井県の芦原温泉で、台風接近のリスクを避ける手段として、もう一泊する勇気があったら、何事も無かったのにと思ってしまう。
 休むのにも勇気と決断がいるものだ。 (2004.10.21 亀野稔)