第22回

ハローCQ・CQ、こちらは・・・
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もしもし・・お元気ですか?(電話中のマサ子さん)
 携帯の全盛期だ。新聞記事に、一日にメールをする回数は平均で25回。多い人では100回を越えると言う。道理で下を向いて歩いている人が多いんだ。昔は「犬も歩けば棒に当たる」のだったが、今はランニングをしていると、携帯でメールをしている人に当たる時代だ。細い歩道しか通れないのに、前方を見ていないのだから、危なくてどうにもならん。自動車運転中の携帯の使用は全面的に禁止されるが、歩行者も同じように扱う必要が有るのではないかと思う。
 それでも与論島での携帯は、与論空港への航空機の到着時間が遅れるとか、フェリーの入港時刻が何時頃になるとか言うのは、旅館経営者にとっては重大事項で、携帯を通じて常時把握されて行動されているのを見ると、都会と同じように考えるのはどうかなと妥協したくなってくるが、如何なものだろうか??私の場合でも、島を歩いていて、具合が悪くなったり、雨が降ってきたりしたら、直ぐに電話を入れるようにと楽園荘のマサ子さんは常々言って下さる。有り難い話だが、余り甘えていたらいけないと自制?でも、携帯を持っていないのだから結果は同じ事かも・・・・・


与論島点描 アオサ採り 腰が痛い・・
 相次ぐ台風に続いて、今度は新潟県中越地震発生。日本を含めて地球全体が変調を来たしているようだ。阪神大震災は都市型だったが、新潟県のは山村型と言えそうだ。火災が少なかった代わりに土砂災害の多さが目に付く。以前から叫ばれている耐震補強のなされていない住宅の被害も痛ましいが、いくら耐震性をアップしても、根こそぎ倒された建物の映像を見ると、自然を削り、盛り上げて作った人達への営みに対する地球からの警鐘ではなかろうか。
 新幹線の脱線も衝撃的だが、前から危険性は存在していた。阪神大震災の時でも、当地から3km程北側の約30m幅の橋梁が完全に落ちていて、列車の運行時間帯なら大惨事を招いていたのだが、早朝だったのが幸いしただけだった。世界中でデッドヒートしている新幹線の最高速争いを一撃した直下型地震の問題点が炙り出されたようだ。

 災害時に身内や友人、知人の安否を確かめたくなるのは当然の事だが、停電や通信網のトラブルで不可能になってしまう。阪神大震災の時でも固定電話は長い間繋らず、ヨロンマラソンに参加できない事をマサ子さんに伝える事が出来たのは、市役所内に特別に設置された電話機からだった。(18回参照)
 今回も必要な情報が発信できず、当然受信も出来ない状態になっていたようだ。平素、隣に人がいるような感覚で電話網に慣れ親しんでいたから、世の中が全てパニック状態。こわい話になってきた。


アマチュア無線の送受信機 ハローCQ
 (重量6kgでは、とても携帯不可能)
 ところで私は局長である。と言っても、現在の政治の話題と言うより小泉首相が改革を叫んでいる郵政問題の郵便局長とは全然違う。
 題名の「ハローCQ・CQ、こちらは・・・」を読まれて「ははーん」と思われる人なら先刻承知の事で、実はアマチュア無線局の局長で「JE3FKK」と言うのが私のコールサイン。「JOBK」などのラジオ放送局と同じように電波使用料を取られているのだが、どう考えても高過ぎる。(年額500円なので携帯よりは安いかも。愚痴はさておいて・・)
 免許を取ったのがもう30年余り前の事。当時、自動車電話は高嶺の花で、庶民には手の届く物ではなかった。その代わりを務めたのがアマチュア無線で、自動車に1mほどの長さのアンテナを取り付けて、ゆらゆらさせながら走っている姿は格好良い物だった。家に据え付けて置くのが固定局、自動車のが移動局で、私は主として固定局でアマチュア無線を楽しんでいたが、あれで思ったより遠くの方まで電波が届き、条件の良い時には北海道の局と交信した事もある。

 災害時にこそアマチュア無線の能力を発揮出来るのではと思っているが、どうだろう?

与論島点描 蒼い海とリーフだけの景色
 停電しても電源は自動車のバッテリーからだし、必要なところへ移動して情報を発信するのも得意。電話に無い強みは、呼び出しチャンネルと言って特定の周波数が決まっていて、そこへ必要な情報を発信すれば、一挙にその情報が伝わる。電話なら、いちいち1人づつに送信する必要がある。多数の場所への情報伝達には不向きだ。真剣に検討しても良い時代になっているのではと思うが、そのような話は皆無なのが残念だ。どうか声を掛けて下さい。(10.25)

舞鶴市での観光バス水没で(21回参照)とんでもない実態が明らかになって呆れている。大雨で洪水警報が出たが、その情報がファックスで送られた為、実際の道路を管理する役所はその事に気が付かず、バスが水に遮られて動けなくなった2時間以上も過ぎてからようやく「通行止め」を表示したと言う。情報の送りっぱなしと無視とが生んだ悲劇で、非常時に際しての危機意識が欠如しているとしか言いようが無い。(2004.10.30 亀野稔)