第28回

番外編ヨロン一周マラソン(その2)
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とっくり椰子の根元からスタートラインを引いているマサ子さん達


「位置について・・」これからマラソンが始まる 合図はエイサー用の太鼓で



大金久海岸の横を走り過ぎて行く 枯れたマクマオウが痛ましい


前浜から翔竜橋への急坂もなんのその


翔竜橋での給水所
 11月23日の早朝からマサ子さんが、楽園荘の玄関先に生えているトックリ椰子の根元から、スタート・ゴールの白線を引いて下さっている。白チョークで書くだけでもよいのに、白の紙テープを粘着テープでしっかりと止めてあり、一寸した競技場のイメージだ。
9時前には先ず古川先生に川内さんと川上さん、それから勧進元の植田さんが到着。一番最後に児玉先生が秘密兵器を持って来られた。秘密兵器ってなんだろうな?
 早速今日のコースと給水地点、那間小学校の5・6年生と、与論中の番外編ひまわりキッズとのスタート地点の確認など、いくら番外・気侭・勝手・のんびり・なんちゃってマラソンといえども、最大の難関の翔竜橋の急坂は歩いて行こうとお願いしたけれど、22km余りを走るとなるとやっぱり緊張する。

 マサ子さんがスターター係り・・・「位置について・・ヨーイ」・・ドンは、ピストルならぬエイサーの小太鼓とは、いかにも与論島的。さっそうと走り始めたが、私の脳裏には8年前の同じような光景が浮かんできた。(第6回、6月6日のフォークダンス参照)

 短距離レースと違って長距離を走るマラソンは、元来単純作業?の繰り返しで、足を交互に出していくだけだ。上級者では無いから駆け引きなど考えられないし、従って雑念がいっぱい湧いてくる。ウーン、今回は自分勝手で言い出して、与論島の人達のご好意に、ここまで甘えていても良いのだろうか?これは当たり前とちがうんだ。でも、偶然起こった訳でもないなどなど.、ヨロンマラソンでのいろいろな出来事が思い出されてくる。今日も伴走して下さっている歯科医の児玉先生との最初の出会いは、第一回目の前夜祭での与論献奉だったのだから、随分昔の事になってしまった。当時独身だった先生が、今は二人の子供さんがいる。早いものだ。
 早いといえば、今年の3月のヨロンマラソンの時には二人の先生にパスされて後塵を拝している。私以外は皆足が早いのだ。置いて行かれないようにしなけりゃ・・

走り出して直ぐに、左側に百合が浜。なんだか調子が違うような気のするのは、フルマラソンでは30km地点の手前になるので、かなりヨレヨレ状態になっているイメージがきつい。今日みたいな感覚なら本当に楽勝なんだがなー・・・打ち合わせでは、赤崎が第一の給水地点だったのに、植田さんの姿は見えない。あれ?どうしたのかな?でもまあ良いや。
 次の翔竜橋まで行こ行こと、皆快調だ。飛び入りでカメラマンを買って出て下さった島根の安野さん曰く。「カメラを向けたら皆ニコニコしていて、全然苦しそうな顔じゃない」とちょっと不満げだ。

 前浜から翔竜橋への急坂は、今まで走って登った記憶が無い。むしろ、ここは無理をせずに歩いていくものと決めていた。今朝もそういう風にお願いをしたのだが、スタートから私の真横をぴったりと寄り沿うように走っている古川先生のリズムは快調、歩き始めるような気配なし。こうなりゃ行け行けどんどんだ。やがて視界が開けてくると、待望の植田さんが待ち構えている給水所が頂上に見えてくる。(大会の時には、JALの乗務員の制服姿の給水係が待っている所)やれば出来るじゃないか、走って登れたよ。眼下の海がきらきらと光っていた・・・・・続く (2004.12.8 亀野 稔)