第29回

番外編ヨロン一周マラソン(その3)
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秘密兵器でさっそうと追走の児玉先生


プリシア前の第2給水所で、大観衆とはいかないけれど


大会ではゴールは直ぐ近くだが・・


番外編ひまわりキッズも待ち構えている最後の給水所風景


ひょっとして夢の中の出来事かもと・・


栄光の冠を頭にすまし顔
 3月の大会では、翔竜橋の急坂を登ってしまえば、フルマラソンでの文字通り山場を越えた事になるが、今回ではまだこれから。イメージ的には後は楽なものなのだが、どっこいそう甘くない。なるほど下りは楽だけれど・・・・・
 暫く行くと、以前のヨロンマラソンで、田中教育長に豚汁だったか山羊汁だったか記憶は定かではないが、「美味しいからどうぞ」と言われて、その気になって、見事に置いときぼりにされた給水所はこの辺り。そこからもう少し行けばハキビナで、ひまわりキッズが待ち構えている場所だが、今日は誰もいない。又もや昔の記憶が蘇ってくる。今日、最後で伴走してくれるはずの番外ひまわりキッズの中の川畑深怜さんと大田佳美さんは、彼女達が小学校5年生と6年生の時に、2回ともここハキビナから私に伴走してくれたのだが、それがもう与論中学の2年生とは!!
  フェリー乗り場を左にして、誰か釣りをしていないだろうかと眺めて見るが、分かる筈はない。数年前の3月には、当時茶花小学校6年生の山根諒君や吉川賢志君に教えてもらい大漁?の事も有ったのだがなど、昔の事を思い出している。彼等は来春には与論高校卒業だって、そうなんだねー。道理で私も歳を取ったのだな・・と感心していてもしようがないが・・・ここは言うなれば「思い出街道」なんだ。
  供利港への分岐点から空港辺りのコースの小さなアップダウンの連続が一層いやらしく、じわじわと足に疲れがくる。滑走路を右に見ながら走っている辺りで、現実の後を何気なく振り返って見ると、あれれ?後方から児玉先生がバイクで軽快に走ってる。秘密兵器と言うのはこの事だったのかな?何時の間に変身したのか分らない。さすがトライアスリートの本領発揮だね。児玉先生の専門は、歯科医とバイクなんだから・・

 滑走路の先端部のプリシア前では、2度目の植田さんちの給水所が、プリシアのスタッフと一緒になって待ち構えてくれていた。やっぱり大勢の人達の声援は励みにになる。
 3月の大会なら大歓声が聞こえてくる茶花の海岸線の向こうは、いよいよゴールなのだが、歓声に聞こえたのは空耳か。それに、今日のゴールはまだまだ先なのだ。気分的なものだが、何でここから先に行かねばならないのだろうと、ふと考えてしまうと、与論町役場の横を通り過ぎてからの上り坂が一段ときつくなって来る。案外辛抱が足らないと自覚する。

 茶花からの坂道を、ほんの僅か登ったところがフルマラソンの折り返し地点。この場所を過ぎると随分楽になったものだが、相変わらずのアップダウンが際限なく続く。ええ加減にしてと思い始めた頃に・・・前方に大勢の人の姿。那間小学校の児童達とお母さん方と植田さんが待ち構えている最後の給水所だ。
 いよいよ今回のヨロン一周マラソンのハイライト!!一度にひまわりキッズ14人も伴走してくれるなんて、これはとんでもない事。一斉にスタートしたが、早い子、遅い子、まちまちで、一番遅れてくる子と一緒に走る。直ぐ後には、中学生のお姉さんキッズの深怜さんと佳美さん。最後はバイクに乗った児玉先生が見守りながら追走して下さる豪華さは、番外編ヨロンマラソンの真骨頂で、一瞬、夢の中の出来事ではないかと思ってしまう・・・・・

 2時間20分余りでゴール。待ち構えていたマサ子さんが、アテネオリンピックのオリーブの冠に似せて、棕櫚の葉をハイビスカスの花で飾って作った冠を全員の頭に載せて祝福してくれて、カメラに収まった。嬉しいけれど少し恥ずかしい。そんな有様を、最後までカメラマンを務めてくださった安野さんがシャッターを切って下さっている。
 楽園荘のガジュマルの下では、バーベキューの準備が整っていて、那間小学校6年生の山田君の音頭で「乾杯!」・・・賑やかに完走パーティが始まった。那間小学校の川畑校長先生、それに、遅ればせながら田中教育長も駆けつけて下さって「良かったね!」と、共に喜んで下さる。与論島の皆さん、ご協力ありがとうございました!!

ガジュマルの下を通り抜ける風が、さわやかな午後だった・・・・・  (2004.12.16 亀野 稔)