第34回

震災から10年(その2)
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明石の天文科学館に有る、地震発生時刻を示したまま止まっている時計


震災体験者を取材中のTVクルー


震災のモニュメント つぶれてグシャグシャの有様を表現している


与論島点描 ユンヌ楽園の古い家


与論島点描 ヨロン駅 車輪が随分錆びてきた 
 1月中旬になって阪神大震災の話題が多く取り上げられるようになってきた。昨年からの自然現象の異常、被害の多発、悲惨さから私達の関心は高い。繰り返しやって来る災害に対して対策は充分だろうか?阪神大震災から10年が経ってマニュアルも完備した事だろうし、準備も抜かり無いと思いたい。確かにボランティアの活動やその受け入れに対しての問題点は少なくなって来たようだ。一方、国の施策は10年前となんら変わっていないのではないか!最たるものが、住宅を失った被災者に対するお金の使い方だ。

新潟県中越地震で、国の防災集団移転事業では、一戸当たり最大1750万円の補助金が出るそうだ。使い道は移転先の住宅団地などと、個人の引越し代などに限定されている。住宅の建て替えには使えないのは10年前と同じだ。

 10年前、私の近所の住宅でも、半壊や全壊の判定が殆どだった。その時に国の補助金は、家を潰して更地にするのには支給された。それを口実にして住宅建設業者が、「修理可能な家までも取り壊してでも、新築した方が有利だ。今までに建てたのは基準が古くて耐震性が悪くて手を入れても100%安心出来ない。、この際、絶対の安心を買うつもりで最新技術の家での再建を・・」と勧めて回った。おまけに、更地にするための補助金の支給される期限が切られていて、早くやらなければ国からのお金は貰えないとせっつかれていた。半壊の我が家にも、大勢の建築業の営業マンが度々やって来た。
 再建には、重い瓦屋根の木造住宅ではなく、プレハブ式の軽量で、しかも完成までの期間が短いのが特徴という触れ込みだ。私の近所の家々は、早々に取り潰され、あっけ無く更地になってしまった。

 ところがいくら納期が早いプレハブ式といえども、一挙に注文が殺到したからたまらない。プレハブ式には標準仕様があるけれど、注文主の好みや土地の大きさ、予算の制限などで、大きさ、間取りなどまちまちとなると、どうしても納期が遅れ気味になってくる。普通なら3ヶ月で完成する筈が、気の毒な事に、避難住宅暮らしや借家住まいを1年以上続ける事になってしまった。

 何故、修理するのを否定してしまうのか。確かに手間が掛り、悪い事に技能者が少ない。建築業者からみれば、新築を手がけた方が手離れが良く、儲けも良い。だとすると、あえて国の方針に逆らう必要はさらさら無い。では、それで良かったのだろうか?
 1年半以上待たされてやっと入居出来た私の目の前のお宅。ここには80歳余になる元棟梁がおられた。被害に遭うまでの家は、この棟梁が差配して建てられた立派な木造建築だったが、私の家の場合と同じように地盤が不同沈下して傾いてしまったので、プレハブ式に変更して新築する事を承知されたとか。
 私の家がきれいに修理出来たのを見て、「これなら新築同然やで。あんた、1500万円は儲けたよ。感心、感心・・」と褒めて下さって、お祝いに手作りの木製の扇を頂戴した。心の底では、ご時世とはいえ、自分が手掛けた自宅が潰されてしまったのが残念だと感じておられたのを記憶している。

 例外が一度だけ有る。鳥取県西部地震では、個人の住宅復興に公的資金(県の予算と聞いている)を使ったが、それに対して、国は違憲だと主張を変えていない。
 改革を唱え、変わらなくっちゃいけないと叫んでいても、何も変わっていないのが現状だ。基本的には「住宅は個人の資産だ。個人資産回復に個人補償は出来ない」とお念仏のように唱え、更にイラクの人質問題でも声高に言われた「自己責任」も重なって立ちはだかっている。
 変えなくてはいけないのは何か。ここで政治の問題を取り上げるのは差し控えたいが、災害は繰り返しやって来る。それも忘れる間も無くだ。次の被害者を泣かす事の無いような世の中にしたいと心から願っている。  (2005.01.13)

 ヨロンマラソンまで一ヵ月半。今日は15kmを走ってきた。1月になってからのトータル走行距離は44km。4時間台でゴールするのには危機的な数字だ。 (2005.01.21 亀野 稔)