第40回

2005ヨロンマラソン(その1)
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明石でも雪が降った。ほんの僅かだが


JALのジャンボジェットの客室乗務員からの応援メッセージ


2005ヨロンマラソンの晴れの舞台も準備完了


歓迎の横断幕(与論町役場前)


ヨロンマラソンのポスターとひまわりキッズの仲間に入れてもらえる孫


与論島点描 風がサトウキビを倒さんばかりに吹き抜けていく


TVの天気予報も今年一番の寒さを伝えている
 2005年3月6日。今頃はヨロンマラソンで島を駆け巡っている最中の筈。天気が良かったら良いのだが、それこそお天気任せ、どうなっている事やら。風も弱い方が有り難いなぁ。いずれにしても坂の多いヨロンマラソンのコースでは、息を抜ける所が無い。上り坂と下り坂が同じ数だけ有るはずなのに、やけに上り坂の方が多いと感じてしまう不思議さ?第一回目から参加しているのだから、どの辺りにきつい上り坂があると言う地理感こそ身に付いたものの、それがどうしたんだ。しんどさに変わりは無い。

 歯科医の児玉先生の格言「自己責任、自己満足」・・・ヨロンマラソンにエントリーしたのも、練習をしてきたのも、サボっていたのも、百も承知で合点で、マラソンコースが厳しいから嫌だなどの不満を言っている場合じゃない。自己満足は・・多分ゴールしてから湧き上がってくる感情だろうが、思ったとおりにゴール出来ていたら拍手喝采!!
 大抵の場合、反省が付いてくる。これで良かったのだろうか??もっと早い時期からトレーニングをしていたら、もう少しだけでも早く、そして楽にゴール出来たのでは??
 どうもいけない。今まで何十回ものフルマラソンを走ってきたので、想像力が付き過ぎてしまってるせいかもしれない。

 どっちに転んでもお天道様次第だが、数年前の悪天候の大会の記憶が凄まじい。スタート30分前までは強風と豪雨で、スタート時刻を延期するのではと思っていたが、15分前にはぴたりと止んで定刻どおり8時に号砲。ところが、5km近くのプリシア前のコースが低くなっているところに、大量の降雨が10センチ程の深さで10メートル余りも溜まっていて逃げようが無い事が有った。この時は、晴れたり曇ったり、にわか雨が有ったりと賑やかな自然の応対だったが、ゴールしてみたらベストタイムと言うのは、何故か出来過ぎ?? (2005.02.28 亀野 稔)

今までは、所謂バーチャルで書いていたが、ここからはやっと与論島からの報告。

 何事も思ったようにいかないものだ。実は2月26日にも明石でも雪が降った。東北地方での何mにもおよぶ積雪に比べようもないが、それでも木の葉に1センチでも積もれば、平素雪など見ない暖地?なので、一際身にしみるというもの。与論島へ行けばTシャツ、半パンツの暖かさが待っていると思い込んで・・・

 3月3日、伊丹からジャンボジェットで沖縄へ。早々、ジャンボジェットを味方に付けた?話は大きいほうが面白い。記念写真のシャッターをスチュワーデス・・とは言わない客室乗務員の美人にお願いしたところ(さすがJAL、美人揃い)
「旅行の目的は?」
「ヨロンマラソンを孫と一緒に走る・・・」
「マラソンというと42.195kmですか?へぇーすごーい!」
 後から応援メッセージやイラストを書き込んだポストカードを頂いた。それには客室乗務員一同とある。美人を味方に付けたから果たしてどんな記録が生まれることやら、楽しみである。

 沖縄からのフライトは、よせばいいのに沖縄付近で発生した低気圧の影響で大荒れ。でも航空機(サーブ)のタフさは、一昨年9月の台風の余波が残っている時に、YS11が欠航しているのに、与論空港に見事に着陸したのを覚えていたので、心配もしなかった。けれど、一歩機外へ出た瞬間、私の帽子がひとりで飛んで行った。
 与論島のこの時期は何故か北西の強風が通り抜けていく。ましてや、北国の豪雪の今年はとばっちりを食って、ここ与論島まで被害を受けている。着替え用にTシャツ、半パンツが主では対応できないと同行の家内が非難のまなざしで、どうにも機嫌が悪い。早い事、暖かい南方からの風を期待しているのだが、4日も最高気温16度。昔はもっと暖かかったのだからと弁解してもどうにもならない。地球規模としては温暖化に歯止めがかからないと言っているのに・・・  (2005.03.04 亀野 稔)