第41回

2005ヨロンマラソン(その2)
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スタート前、ランナーの多くは厚着して寒さに備えている


翔龍橋の登りは足取りも軽い(まだまだ先は長い) ずいぶん軽装の私ですが 寒そうな顔じゃないですよ


強風で軽やかに回っている風力発電所のプロペラ


島で随一の景観を誇る百合が浜をちらりと見て


与論島点描 皆田離近くでの朝日の出
 与論島は鹿児島県でなくて「かぜしま県」に有るのではないかとぼやきたくなる程の風が、それも北西からの冷たい強風が休みなく吹き続けている。今年になって一番の寒気団が日本全土をすっぽりと覆いこみ、九州でも積雪の影響を受けているとか。それも私が与論島へ着いた3月3日からだんだんと寒くなり、ヨロンマラソン始まって以来の最高の最低気温?だと、誰もが言っている。5日のTVでは、奄美大島で雪が降ったと報じていた。こりゃー、スゴーイわ!!
 3月6日になって気象条件は最悪。公式記録に拠ると、気温9.9℃、風速12メートル。20℃を超えた大会も有ったのに、これは尋常じゃあない。本州の冬季に行われる大会と比べても負けていない。体感温度は0℃近いと思われる。続々とスタート地点に集まって来るランナー達。間もなくスタートだと言うのに、ウインドブレーカーとロングタイツを着込んでいる人が多い。このスタイルで走るのだろうか?私と言えば、Tシャツとショートパンツ姿で、おまけに手袋の用意も無い。正直言って寒―い。

 午前8時、スタート。大勢の人達の声援を受けて茶花の町を抜けると、途端に後からの追い風。最初楽なのは有り難いが、帰りが怖い事になりそう。風の力は、早く走る事を意識していないのに、体が勝手にスッと前に行ってしまう感覚で、翔竜橋の登りも何のその。10km地点の前浜まで一気に下って来ると、遠くの風花の風力発電所の大きなプロペラが、実に威勢良く回っている。ここまでの感じでは、昨年のヨロンマラソンの時よりも風が強いように思ってしまう。逆らったらとんでもない事になるのは、覚悟の上だった・・・・・けれど、与論島の南東端の赤碕は、北西から吹いている今日の風だから、一番の風下地点。ここからは、まともに正面からドッと当たって来て、唯でさえ遅いのに、「亀にブレーキ」とはこの事だ。百合が浜がだんだん近づいて来て、綺麗だなと思うけれど、その反面、景色などは、どうでもよい事にも感じてしまって、それよりこの風を避ける事が出来ないかと、姑息な手段で人の後ろに引っ付いて、風除け・・には、余りならない。ここまで来ると、ランナーがまばらになっているのだ。走るペースも違うし、第一卑怯だもんね・・・・・

 走っている者にとっては自己責任の世界だから、どうにもしようがないが、応援して下さる方には寒さが身に沁みる天候で、防寒衣を重ね着してでも、吹きさらし状態で力強い応援を送って頂いて、本当に有難うございました。何しろ最盛期のサトウキビ狩りと精糖工場も一斉に休んで、全島挙げてヨロンマラソンを盛り立てて下さっているのだから、ヨタヨタしていたら申し分けないと努力しているのだけれど、応援して下さっている人から見たら、どうしたってモタモタだったんじゃなかろうか。

 何時も感心する事だが、TVのマラソン中継放送で、アナウンサーと解説者が、スタート前からゴールするまで、のべつ間も無くしゃべり続けている。マラソンってのは、実に単純なスポーツで、何にも難しいルールは無い。これがラグビーでは、ノッコーンやオフサイドなど、やたら判りにくいルールが多くて、説明を聞いて始めて理解し納得するのだ。
 ここ、ヨロンマラソンでは、アップダウンが多い厳しいコースなので、駆け引きなるものは存在しない(と、思う。)競技とは、スリリングな競り合い、デッドヒートが有ってこそ見応えがあるし、迫力もある。アナウンサーが絶叫する場面の連続は・・・ヨロンマラソンでは無縁。従って、こうして「ヨロンマラソンつれづれ」の実況を描写しようとしても、どうにも迫力を欠く。どうぞお許しを願いたい。


 それでも、努力をしている事も事実で、宿泊している古里の楽園荘の大応援団?や家内が待ち構えている皆田離辺りは16km過ぎ。計算では1時間35分から40分の間に通過する予定と言っていたので、時計を見て、気にしながら走っていた。JRではないが、ピッタリ時刻に通過。カメラを構えていた家内、あんじょう写してくれたんやろか??・・瞬間、風の事を忘れていた。熱烈応援、有難う!!
 白バイがトップのランナーを先導して戻ってくる。私の折り返しは、まだまだ遠いのに!!  (2005.03.07 亀野 稔 in与論島)