第43回

2005ヨロンマラソン(その4)
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車の陰に強風を避けてスタートを待つひまわりキッズ達


翔竜橋の急坂を駆け下って?もう直ぐハキビナへ


ひまわりキッズの池田君と孫に引っ張られてハキビナから再出発


ゴール バンザイしながらパッチリ決まった


ゴールで待ち受けてくれていた田中教育長と川畑校長先生と


2005ヨロンマラソン ヨロン焼きの完走メダル
 35km手前の翔竜橋の給食所で、豚汁も山羊汁も横目で見て、とにかく梅干一個を口に放り込んで急坂を駆け下っていく。ここは与論町の田中教育長と、かってデッドヒートを演じたところで、懐かしい。その教育長も、今は不整脈のおそれがあるとおっしゃって、裏方に徹しておられるのは少々残念だ。(第2話参照)
 その急坂も以前のようにスピードが出ない。右膝に爆弾を抱えているのだから騙しだましの安全運転しか出来ないのは一寸情けない。教育長の不整脈と良い勝負かも??
 下りきった辺りで「お父―さん、今年も遅かったねー」と家内の大声。ハキビナで待っていたひまわりキッズは、もう全部出発してしまって、(ありゃりゃー、そない遅かったんかー。去年より30分も早いと思っていたのに、えらいこっちゃー)後は、孫の小田恭輔と那間小学校6年生の池田穏功君しか残っていないのだと言う。池田君は昨年11月の一周マラソンにも参加してくれた事がある。(29話、31話参照)有難う、寒いのに長い事待たせて申し訳ない。でも、遅くなりついでに家内に3人並んだところを写してもらう。カメラを持つ手が覚束無いがクレームをつけている場合ではない。

 池田君は楽しい子で、道端で応援をしてくれている人に対しても、大声で「コンニチハ!」と挨拶をして行く。あいさつ日本一を目指している与論島の子供達は、実はバイリンガルで、「ありがとう」「トートゥ」「グッドモーニング」「カリメーラ」と、相手を見て使い分けるのだ。片や孫の恭輔は、黙々と文句を言う事もなく付いて来る。肝心の私の方といったら疲れが一番出ていてアップアップの状態。ハキビナからも、小さいアップダウンが際限なく繰り返し現れてきて、上り坂になると、又もや「あそこの電柱まで休憩!(歩き)」を連発する。給水所では「ゆっくり休んでいこう」と、強要する有様。マラソンか、ウオーキングか、一体どっちやねん。
 何とか与論空港の前を通り過ぎ、滑走路を見渡す所にやってきた。最後の踏ん張り所の筈が、強風に煽られてしまって駄目だ。昨年は、この辺りで歯科医の児玉先生に抜かされてしまい、「オヤ?お迎えに来てくれたのかい?」と、軽くいなされてしまったのだが、今年はまだ姿を見ていない。もうゴールされたのか、まだ後なのかな?

 40km地点のプリシアの最後の給水所でも、一息も二息も入れ、ついでにバナナも口に入れ、電力会社の前の最後の坂を登ると、ゴールの茶花海岸が見えて来る。待ち構えている応援の声も流れてきて、少々晴れがましい気分。今までヨタヨタ走っていたのが嘘のように、ゴール前の100m程は調子良く走れてしまう・・・こんなスピードが出せるのなら、何故もう少し早めに頑張れなかったのかとも思う一瞬だ。
 打ち合わせどおりに、3人揃ってバンザイをしてのゴールイン。やっと終わった!!反射的に時計を見て・・・がっくりする。5時間2分14秒とは!そんな感傷を吹き飛ばすように田中教育長が駆け寄ってきて、「良かった、良かった・・」と労ってくださる。家内もハキビナから急いで先回りしてカメラを構えているが別条ないかな?そこへ川畑校長先生も奥様と一緒にやって来られて、もうゴチャゴチャ状態。麓さんの分厚い手と握手。Webマスターの植田さんも飛んで来て「ご苦労様!!」。あれ、植田さんは走っているのではなかったっけ?

 何時もなら、茶花の砂浜でボケーッと蒼い海を眺めながら完走パーティの始まるのを待っているのだが、朝からの強風は弱まる気配はなく、走っている間はそれほどまで感じなかったのに、とにかく寒い。だとすると、スタッフや応援の人達の寒さはいかばかりだったろう。改めて有難う!!本当にお世話になりました。  (2005.03.23 亀野 稔)