第44回

与論島の休日
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完走パーティ会場へのゲート くぐりぬける事無く終わった


楽園荘で同宿の若さを誇る広野さんと平松さん


立てる準備のままだったテントと舞台


3月でも泳げるヨロンの海は広いーな大きいな


裸で失礼します
 又今年も完走パーティに参加せずじまいだった。砂美地来館で行う事になったので、少しだけだが抵抗がある。悪天候だからしようが無いが、建物の中なので、当然の事ながら開放感が失われてしまい、大音響がやけに響いて、個人的な思い込みかも知れないが、拒否感が先に生じてしまう。(実に申し訳ないけれど)
 常に言っている事だが、ヨロンマラソンの魅力の一つとして、完走パーティの素晴らしさが有る。それもゴール直ぐ横の茶花海岸の白い砂浜で行われる与論献奉やカチャーシでの盛り上がりは何事にも換えがたい。何にせよ、今年は気象条件が悪すぎた。愚図愚図言うのは止そう。
 楽園荘に帰ってシャワーを浴びた時に、やっと終わったんだという気持ちが湧いてくる。トレーニング中に痛みが出て心配していた右膝も結果的には最後まで持ってくれた。4時間台で帰って来れなかったけれど、良しとしようか。
 同宿の平松さんは、私より3分遅れてゴールしてきた。どんなトレーニングをしてきたのかを尋ねると「一度に数十分走るだけ。それも週に一回か二回」と、いとも簡単におっしゃる。私の場合は最終段階では、隔日に2時間は走っているのに。

 翌日、茶花銀座で広野さんと出会った。聞けば与論島を一周しているところだと言う。同じ楽園荘に泊まっているのだが、フルマラソンを走った翌日だから、疲れを知らないとはこの事だろう。彼のゴールタイムは4時間33秒で、後僅かで3時間台だったから勿体ないが、早いものだ。更にその翌日も、与論島を一周してこられたというのだから恐れ入った次第だ。私などは、昨年11月に与論島一周マラソンと言って大騒ぎしたのに比べると、淡々としているのだ。(27話―29話参照)
 この差は何だろう?・・幾ら考えても歳の違いとしか考えられない。広野さんは41歳。平松さんと私とは40歳も違う。年齢の事になると・・・・・「しゃーないやんかー」としか言えない。(歳のせいにするのは、ずるいやり方かもしれない)

 寒さもヨロンマラソン当日がピークで、その翌日からお日様が顔を出すようになり、少しづつ暖かさが戻ってきた。茶花の海岸にも日光が差し込むと、白い砂浜が真っ白に光り輝き、海の蒼さも際立ってきて、やっと与論島らしさを感じる事が出来る。初めてヨロンマラソンに参加された人に見てもらいたい景色が広がっている。砂浜への入り口に立ててあった「14thヨロンマラソン」のゲートが、結局使われる事無く終わってしまったし、砂浜に立てる準備をしたままになっている色とりどりのテントが所在無さげだ。折角力を入れて準備された来た実行委員会の人たちもがっかりだったに違いない。ヨロンマラソンのポスターには、
 「あなたの笑顔を見たいから 海の青さと島人のやさしさに誘われて 南の島の風になる」とある。最後のくだりの「風になる」のが、一寸過ぎたのかな??

 風が止めば、気温は直ぐに20℃を超えてくれ、やっとTシャツで過ごせるようになってきた3月8日の午後、百合が浜で泳ぐ事が出来た。海水パンツの準備はしていたが、役に立つとは、前半の天候からは予想出来なかったから嬉しい。数年前にもマラソンの後で泳いだが、その時はランニング用のショートパンツ姿で海に入ったら、パンツに海水を孕んでしまって大きな抵抗になってしまい、まともに泳げなかった。パンツの見た目は同じように思えるのだけれど、マラソン用と水泳用とは根本的に違うのだ。(変に力んでいる)
 翌日も孫と一緒に皆田海岸で泳いだが、孫は水泳用のパンツを持っていない。そこは良くしたものでプライベートビーチと同じ。スットントンで良いからと言い聞かせると、真っ裸で海へ走っていって、キャアキャア言いながらジャブジャブやっている。
 あくまでも透き通った海水が、透明な波紋を広げて行った。  (2005.03.30 亀野 稔)