第51回

終着駅
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あまり快適とは言えない大病院での長い時間待ち 診察で待ち、支払いで待ち、投薬で待ち


線路は何処までも・・・続かない


ヨロン駅


一番お世話になった楽園荘の本園金盛さんとマサ子さんと 何時もすれ違いなので珍しい写真


「行ってきまーす」と 手を振って・・・・・


季節の花のアヤメの花言葉 「良い便り」 皆さんにも良い便りが届く事を願って

 一寸深刻じみた話だが、永遠に続くものは何も無い。一日で終わるカゲロウにも、無限と思われるこの宇宙空間にだって寿命がある。理屈をこねたら限の無い御仁もいるが、その人も地球上の住人にすぎない。

 この一年間はコラムを書くのと、その内容に合った写真を選んだり写したりで、一週間、その次の一週間があっという間に過ぎてしまった。更新する日曜日が直ぐにやって来る。「ヨロンマラソン・つれづれ」も、そろそろ鼻についてきた頃ではなかろうか。なにしろ選択肢が限られているし、私のキャパシティーもたかが知れている。だからと言って手抜きをしている訳では無く、これが精一杯なんだが、応援して下さる方々の声が有ってこそと感謝しているし、自分自身では実力以上だったとも思っている。せいぜい20回も続くかどうか分からなかったのに、お陰さまで50回を超えてしまった。

 その代償として、この一年間はあれもこれも出来ずじまいで、それも選択肢の一つだったし、自己責任の範疇でもあった。けれど、前回のコラムで少し触れたが、健康診断で疑問点が見つかった。悪いところが無ければどうって事無いのだが、何事も早期の発見、対策が効果的なのは言うまでもない。その為の定期検診なのだ。おたおたする事はさらさら無い。
 男の終着駅は、天皇の病で有名になった前立腺がんで、70歳を超えると3人に1人は罹っていると言う。これを調べるPSAという検査方法があって、私も継続的に検査を受けていたが、グレーゾーンになってきた(要注意段階)との事で、今年のヨロンマラソンが済んでから、生検(組織の一部を採って検査)で調べてもらったところ、3人の内の1人だった。けれど慌てる必要は無い。進行が遅いのもこの病の特徴なのだが、全く放置する訳にはいかない。
 むしろ最近になって、有効な治療方法が受けられるようになったのも心強い。微量の放射線をマイクロカプセルに封入したものを、一番効果的な個所に直接に入れる治療を選択の予定だが、高年層になってしまった証みたいなもんだろう。

 それに伴って、今まで無縁だった大病院との関わりが生じてきた。話では聞いていたが、2時間待ちの3分診療の現実を、嫌ほど体験することになってしまった。受付を済ませてから診察の始まるまで大勢の人達と、唯ひたすら自分の名前を呼ばれるまで待ち続けるのは楽しいものじゃぁない。と言って、どこか明るくて気持ちの良い場所を見付けても、名前を呼ばれた時にそれが聞こえなかったら、又余分の時間を費やす事になってしまうだけだ。
 その待ち時間を利用して「ヨロンマラソン・つれづれ」の原稿を書こうと思っても、イメージが全然湧いてこない。当然だろうな・・・・・
 こう言う時に、ぴったりの事をおっしゃってる信州の内科医の鎌田實先生の言葉。
「時にはがんばらない勇気も必要」(2005.05.16 朝日新聞)
 私も、この際ひとまずコラムをプラットホームに止める事にした。そこが終着駅かどうかは分からないが、列車から降りて周囲の景色もゆっくりと見渡して、大きく背伸びをしようと思う。

 北海道を北上して稚内に近づくにしたがって山の稜線がだんだんと低くなり、やがて行く手を海で遮られ、そこで線路が途切れる。これより先には行けない終着駅だ。ゴトン・ゴトンと響いていた列車の音も・・ここで終わる。
けれど、ヨロン駅の線路は10mほどだが、ここは終着駅ではない。南は沖縄、北は鹿児島なんだ。
 人生での途中下車した与論島では、多くの親しくして下さった方々との出会いが、島を取り巻く深い蒼い海の色と同じように色濃く染め上げて、きらりと光って、その残像が定着して消える事はない。
 指を折れば十指に余る人達から忘れる事の出来ないお付き合い・・・唯一度だけのつもりが、そうにはならなかった出会いの最初が楽園荘の本園マサ子さん、ご主人の金盛さん。いろいろ無理な話を聞いて下さって、本当に有難う!!それに、学校とは当の昔に縁が切れていて関係無かったのに、何故か与論島の全部の小学校との関わりは楽しい出来事ばかり。与論島に着いたら直ぐに与論町役場内の田中教育長のお部屋を訪れるまでになってしまったのも不思議な話。
 児玉先生、古川先生にも随分お世話になりました。与論町役場の大勢の人達にも、シマンチュの皆さんにも、ヨロンマラソンで共に走った大勢のランナーにも、偶然出会ったタビンチュの皆さんにも・・・・・

「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ」と、別れの言葉を連ねて締めくくった人もいた。
「バァーイ」なら、ずっと若者的。
けれど、ここでは与論島風に「行ってきまーす」と、手を振っておいとましよう。
長い間のお付き合いに「トートゥガナシ」も、忘れない・・・・・
(2005.05.17 亀野 稔)