番外編 2

カーナビゲーション
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茶花への途中の那間小学校の壁には 見て、見て!児童の夢が描かれている


坂の多い茶花への道 頭からにゅーっと現れてくる


こんな大きいAコープなのに分からないとは(家内の事です)


集めたカーナビのカタログも無用になって儲けてしまった

 与論島で要らない物と言ったら「カーナビゲーション」ではなかろうか。でも、明石での私の知人の中には最近になってカーナビを付けているのが多くなってきた。変わったところではお坊さんが檀家を廻る時に重宝していると、当のお坊さんが言っている。

 人間には得手不得手があって、一度訪れたところは絶対に忘れないとか、一度会った人の顔は一年後でも覚えているとかで、その代わり方向音痴で、何回通っても分からないってのもある。こういう人にはカーナビは有効だろう。ところが、私の家内はそれも駄目だ。機械には全くと言って良いほど無関心で、とにかく歩く事しか出来ないのだから。楽園荘のある古里から、那間小学校の前を通って茶花までの近道ルートはやっと覚えたものの、そこから少し外れると、ここが何処だか、何処から来たのか何処へ行くのか??となるとゴーギャン並みだ。でもここはタヒチじゃないってば・・・・・
(町立図書館からAコープへ行くだけで迷子になった立派な実績がある。)

 私は土地感があるほうだが、人の顔を覚えるのが苦手なので、これまた都合の悪い事も発生する。何事も100点満点というのは難しい。人の顔を覚えていて、名前を教えてくれる顔ナビゲーション?が有れば欲しいものだ。
 茶花を歩いている時に、見知らぬ人から挨拶された時に、あれ?何処でお会いした方なのかなと考え込む事も多々ある。無視している訳でなく、私の能力不足としてご容赦願いたいのです。後で家内から「あの時の人じゃないの」と脇腹を突付かれる始末だ。

 最近、四国へ行く事が多くなってきた。例の四国八十八箇所の歩き遍路の往復の自動車で、目の前の淡路島を行ったり来たりする。問題は帰り道で、四国から淡路島への道を間違えてしまうのだ。それも一度や二度でなく、もう四度も性懲りも無く間違ってしまった。土地感があると平素自慢している癖に、ここだけは鬼門だ。途中で人に尋ねたら、その人も知らないとそっけない返事だった。この前の時は、四国の国道を北へ向かって走っている筈なのに、夕日が運転席から見て右側に?・・という事は南に向かっていたのに気が付いた時は驚いてしまった。開いていたお店に飛び込んで教えて頂いて、迷子にならずに済んだ。

 最近のカーナビは性能が良くなって、こんな時にはぴったりの性能を発揮するだろう。思い込んだのが百年目。カーショップでカタログを集めてきて頃合いのを見付けた。店頭で、試しに自宅の電話番号を入力してみると、こんなちっぽけな我が家の位置が、モニター上に表示されているのには感心したが、いざ買うとなると、平素使う機会が少ないのに気付いた。年に2−3回の使用頻度では、10万円余りもする商品なので、これでは宝の持ち腐れになってしまう。カーナビを既に購入している友達に言わせると、「たかがカーナビ、されどカーナビ、有れば便利だけれど、無くても済む」彼のは埃をかぶっているのが現状らしい。車に取り付けたままで屋外に駐車していると盗難の心配もあるとか。

 今日、本屋に立ち寄って地図を買ってきた。よくよく見ると、いつも間違う場所が良く分かる。流石に道路地図だけの事はある。と言っても、今まででも地図を見て参考にしていたのだが、縮尺が大きすぎるのと、少し古いせいもあって、バイパス道路などの存在も分からなかったなんてお粗末な話だったのだ。あまりケチったり、反対に飛躍しないように気をつけよう。いやぁー、10万円程儲かってしまった・・・・・ (2004.07.26、2005.06.11加筆 亀野 稔)


与論島点描 島の中央の無線中継塔が道案内の標識になっている 近くで見ると随分大きい

与論島点描 皆田離 誓子の句碑が茂みに隠れそうになっている

季節の花 散歩の途中で見た百合の花