番外編 15

お寒うございます
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遅まきながら あけましておめでとうございます 版画の原版です


(続いて)寒中お見舞い申し上げます 寒さの季節の花の椿


有当地では珍しく道路が雪で真っ白になった 豪雪の地域とは較べようもないが


室内に取り込んでも落葉してしまったハイビスカス 僅かに小さい一枚の葉っぱが残っているだけ


来年のひまわりキッズ予定の優衣(ゆい)です 宜しくお願い致します


便利な灯油用ポンプ 与論島では無用の長物だろうが今年の冬には大活躍中 これが家内には操作が難しいみたい


冬来たりなば春遠からじ 沈丁花に小さい花芽が

 随分長い間ブランクにしてしまった。申し訳有りません。書く話題が無いのではなく、寒いからというのがその理由とは少々お寒い話だが、本当なんです。パソコンを置いている部屋は二階の南側の片隅で、お天気さえ良ければそうそう寒いものではない。ストーブも置いているが、何にせよ有史以来の大寒波で、おまけに日差しは弱いと来ているので寒いのだ!!と震えている。室内の温度計は10℃を越える事は無く、今は6℃だ。
 屋上で咲いていたハイビスカスの鉢も早々に部屋に取り込んだが、いつもの年なら残っている筈の葉っぱが一枚も無く全部落ちてしまっている。ストーブに点火すれば良いのだが、灯油の値段も過去最高値。何だかしみったれた話だなー・・・・・
  そんな理由にもならない理由でパソコンの前に座る時間が極端に短くなってしまい、これが冬眠状態なんだと実感している。今頃は森の熊さんや池のカメさんはぐっすりとお休み中だろう。良い夢を見ているのかな??

 お正月の景色の一つに凧揚げがあるが、この頃はヤッコ凧は博物館に入ってしまったのかトンと見かけなくなってしまい、ゲーラカイトが軽々と空に浮かんでいた。そう言えば昔は電線や木の枝に凧が引っ掛かって風に揺れているのを良く見たものだったが、そんな光景は無くなってしまった。

 風が吹けば桶屋が儲かる的な話だが、私にとっては深刻な問題・・と言うのは、昨年11月の福知山マラソンに続いて、今年のヨロンマラソンも参加出来ない状況になってきた。
 今年の正月に娘達の家族が集まった時に、今年のヨロンマラソンにひまわりキッズとして参加する候補を募集?(たいそうな!!)したが、今年は端境期で、でも来年なら行くと孫の優衣(ゆい、来年度4年生)が手を挙げてくれた。決まり!である。残念ながら、今年は3年続いた孫との与論島行きは無しだ。まあこんな年も有ってもしようが無いと思っていたら、「孫が行かないのなら私も今年は行かない、最近の与論島の3月は寒いから・・」と家内が言い始める始末。「一人で行って来なさいよ。留守番するから」
 本当は誰かが留守番をしてくれたら、家を空ける為の準備をしなくて好都合なのだ。屋上に置いてある100鉢程の鉢植えにしたって、タイマーセットのスプリンクラーで自動的に散水出来るようにしなければならないが、これが結構手間物だ。今年は寒いからソーラーシステムの凍結予防もしなければなるまい。三日に一度の灯油ストーブの燃料補給も私の仕事だ。これもポンプ付きの給油装置をセットしたが、家内に説明してもどうも理解してくれていない様子。挙句の果てに「始めに満タンにしておいてくれたら、帰ってくるまで我慢する」
 何ぼなんでもこれは気の毒過ぎる・・・・・

 お正月に楽園荘のマサ子さんに電話した時には「ヨロンマラソンに行くから宜しく」と、お願いしたところだ。早急に航空便の予約をしなければなるまい。今年は新たに神戸空港が出来たから、ここから始めてのフライトも悪くはないなどとも考えていた・・・・・
 もう行かないと決めている家内は、「早いことマサ子さんに連絡しなければ・・」と急かしてくる。「行くのか、行かないのか、どっちやねん。楽園荘にも迷惑かかるよ」
 致命的、決定的なのが、どうにも情けない話だが、右足の魚の目をこじらせてしまって未だに痛みが取れない。ずっと医者にかかっているのだが「走っている限り治らない」と言われている。それならと、完全に治るまでは走るのを辛抱しようと止めてから2ヶ月になるが完治しない。ヨロンマラソンに参加するならこの時期から走り込みを始めなければ間に合わないのは自分の体が一番良く分かっている。もうグズグズ言っている余裕はない。
 これだけ悪条件が揃えば潔く中止するしかない。来年は75歳。年齢別としても有利で入賞の可能性もある・・かもしれない。最後のチャンスのひまわりキッズとして優衣を連れて行けば、素敵なヨロンマラソンになるだろう。来年の事を言えば鬼が笑うだろうが。
 頂いた年賀状には、「ヨロンマラソンでの再会を楽しみ」と大勢の人が書いて下さっている。それぞれのお顔が浮かんでは・・消える・・・・・
 けれど、今は糸の切れた凧のようにどうにもならないのだ。
 それでも、人間は希望を持たなくてはいけないのだ・・・・・
 (2006.1.14 亀野 稔)