番外編 24

ぶらり旅(その三) お邪魔しまーす
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バス道の北側に沖永良部が良く見える


アカリバ 私の孫の女の子の名前によく似ている


ハイビスカスの真っ赤な花が鮮やか


アダンの実 きれいにオレンジ色に浮かび上がって


砂美地来館 こんなに大きかったのか!


阿野さん 仕事が忙しそう お邪魔しました


茶花小学校 坂元校長 プールの掃除中でしたが


阿野釣具店ご主人 奥さんは海へ魚釣りに

  昨日来の悪天候はうそのようで、沖永良部が良く見えている。道端のアカリバの葉が一際鮮やかだ。何時も見ている3月頃と比べると気温が上がってきているせいだろう。存在感がまるで違う葉っぱの痛んでない所を選んでカメラを向ける。私の孫に「あかり」と言う名前の女の子がいるので、アカリバの名前は直ぐに覚えて忘れる事はない。
  ハイビスカスの花もきれいに咲いている。我が家のハイビスカスの鉢植えは、辛うじて枯れずに冬越しをして新芽を伸ばし始めたところという有様なのに・・・・・

 
午前9時25分。パナウル診療所へ古川先生を訪ねて来たが、予想通り患者さんでいっぱいなので、私の夜の空き時間は、明日水曜日しかない事を看護師さんにことづけをお願いした。こんなにお忙しい古川先生なのに、アイランド放送のインタビューに来て下さるとは、何か申し訳ないような気がしてならない。相変わらず行動的な先生だ。何かあべこべのように感じてしまう。古川先生のすごい所は、私はダンスなんか踊れないのに、気が付けば何時の間にか古川先生の指揮する音楽のもとにダンスを踊っているようなもんだ。更に、先生も一緒にダンスして下さるのが素敵だ。
 古川先生との経緯も偶然の出来事からで、詳しくは「第19話、背中を押してくれた人 PC編」をご覧頂くとして、それからは何かと先生のお世話になっている。楽園荘のジッチャの主治医も古川先生で、先生のお蔭で在宅診療が可能になり、マサ子さんを始め楽園荘の皆も有り難い限りだと尊敬している。

 ちょうど目と鼻の先の「よろん焼き窯元」の入り口の坂道に、アダンの木にオレンジ色の大きな実がぶら下がっている。へーェ、こんな鮮やかな色になるんだ。早速カメラを向けてモデルになってもらう。私が今描きかけのアダンの絵の実の色はもっとくすんだ緑色。このモデルさんの顔色を描き込んだら、一段と画面が映えてくる事だろうと、もう一年以上、手を入れてない油絵の進行の遅さを反省中・・・・・
 余談だが、私の描きかけ中の油絵を一目見て「これはアダンですね」と言い当てた人が一人だけ。我が家に来て下さった「大阪の男前さん」の奥様だ。与論島出身とおっしゃっていた。さすがぁー。

 今夜卓球をプレーさせてもらう砂美地来館への道順の確認も大切だ。今まで殆ど夜間に車で連れて行ってもらってばかりなので土地感が全く無いし、似たような建物で多目的広場と雨天体操場があるので、夜になってからウロウロ探し回るのは頂けないもんね。ブラブラ歩きをしていると、バス道からの入り口に案内板があって、そこからは思ったより道幅が狭くてカーブも多い。明るい間に歩いて確かめてみるブラブラ歩きは、狭い与論島と言えども大切・・・・・
 午前9時50分。明るい時に見る砂美地来館は思っていたより大きく立派な建物だ。この建物の名前もユニークで、最初はどうしても「サビチラカン」と読めなかった。どなたか名前の由緒をご存知の方、どうかお教え下さい。その砂美地来館の前に立つと大きいなぁと感心する。

 午前8時に楽園荘を出て2時間かかって、大きなゴジラの石像が目印の阿野建設にやって来た。阿野さんとは唯一スポーツとは関係のないお付き合い。実を言うと、3年前に与論島で家を建てたいと願ってその相談に乗って頂いた事がある。島の北西部の土地へ案内して頂き、殆ど実現一歩手前までになっていたが、親族からの思わぬ反対にあって頓挫してしまったのだ。そんなご迷惑をおかけした経緯があるので、素通りする訳にいかない。相変わらずお忙しい様子で何より。

 午前10時30分。茶花小学校の正門の通用口には閂鍵が掛かっていて、最近は随分厳重になってきた事を再認識してしまう。本土では小学校をターゲットにした事件が多発しているからやむを得ない事なんだろう。ロックを外しながら、不審者と思われていないだろうかと一瞬考えてしまう。
 茶花小学校も校長先生が今年度から坂元先生に代わっておられるので初対面。お伺いした時は「プールの掃除中・・」で暫くお待ちしたが、都合が悪くなかったのかな??
 毎月発行されている「茶小たより」を欠かさずに届けて下さっているが、一番お世話になった和田校長先生から二人目なので、卒業生でも父兄でもない私の所に「茶小たより」を何故と思われていないだろうかと心配?なので、(第4話、6月6日のフォークダンス参照)坂元先生にお逢いして昔話をさせて頂いた次第。でも、茶花小学校の音楽会で、興に乗ってカチャーシを踊っておられたのは、つい最近の事のように思っていたが、何もかも昔話になってしまうなぁ・・・・・

 午前11時。阿野釣具店にやって来た。ど忘れしていたリールを購入したが、3号の道糸付きで千円は思っていたより安い。何時も店番をしていて与論島の釣り情報を教えてもらっていたおばさんは、商売ほったらかしで魚釣りに出かけていて、留守番はご主人。友利港の岸壁の先端部へ行ったら一緒になれるよと教えてくれた。上手くいけば現地指導してもらえるかも知れない。とにかく魚釣りに関しては名人なんだから・・・・・ (2006.06.27 亀野 稔)