番外編 28

ぶらり旅(その七) これでお終い
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多忙な田中教育長


未練たらしく供利港 釣れそうな気がしない荒れた海


セルフタイマーセットして ダッシュした足跡


静かな水面に波紋が半円を描いて


お別れ会までやって下さって有難う!



竹さんの有機農園


安全装置付きのパパイア


帰る日になって快晴とは!


さよなら・・さよなら・・・・・

  6月2日、金曜日。夜半から雨の音が絶えない。
午前6時半、供利港岸壁の先端へ様子を見に行って見るが、もう釣り人が5人ほど。でも殆ど釣れていない。駄目な日は駄目なんだ。魚にも休日があるのだろう。相変わらずの強風が高波を連れて通り過ぎている。諦めが肝心・・・・・未練たらしく??

 
昼食は午後0時の約束で、厚かましくも又植田さんのお宅で頂く事になって、本当に遠慮が無い事夥しい。再度のご馳走様でした。午後3時頃にお天気がよければ釣りに行こうと約束。
 午後1時。田中教育長へのインタビュー、と言うのは形式だけで、教育長がお忙しいのでお逢いする機会が遅くなってしまったが、今回のお礼方々ご挨拶。それでも話題は生涯スポーツ、指導者の資質、選手の育成、運用費、非常時対策、砂美地来館の湿気などなどスポーツの問題だけに絞っても難問山積と感じたけれど、結局雑談で終わってしまった。お忙しい時間を割いて下さって有難うございました。
 スポーツ・アイランド与論島、頑張れ!

 茶花海岸の砂浜で沖合いを見ていると、雨雲と日光が次々と綾を成してやって来る。雨雲が近づいて来ると急に風が強くなり、お尻が落ち着かない。この有様では植田さんとのカヌーを出して釣りをという当初の約束も、次回のお楽しみにと決定。午後3時。
 未練たらしく供利港を回って見たが、波も高く、それでも2人の釣り人が頑張っていたが、何にも釣れていない。今日は魚もサンゴの陰でお休みなんだろう。

 午後4時半。珍しく太陽が出てきた。待ってましたとばかりに皆田海岸へ泳ぎに行く。
 珊瑚礁の角にカメラを載せ、セルフタイマーをセットして波打ち際へ走っていくが、裸足にサンゴの欠片がチクチク痛くてゆっくりとしか足を下ろせない。その内にシャッターが切れてしまって主人公が後ろ向きの失敗作。何度かやり直したので、きれいな砂浜に足跡がいっぱい残ってしまった。朝からの強風もここでは風下になるので、茶花や供利港と違って皆田の海は静かだ。騒々しい動きの私の作った波紋が半円を描いて・・きらきらと光りながら広がって行く。

 午後7時半。楽園荘で私のためにお別れ会。児玉先生、植田さん、竹さん(この人は一癖も二癖もある人物で、楽園荘の私の目の前のお宅がそうだとは露知らず。)他に会合があってとおっしゃりながら田中教育著が参加して下さった。与論献奉で午後11時。 (2006.07.21)

 6月3日、午前5時15分。風が少々強い供利港岸壁へ一番乗り。でも釣れたのは4匹だけ。でも釣れて良かった。出来る事なら、もっとのんびりと竿を出してみたかったが、この悪天候の続く季節だからホドホドなんだろう。大物釣りは次の楽しみで良いのだ。

 与論島ぶらり旅も、あっと言う間に最終日。思いがけずたくさんのお土産を頂戴してしまった。宅急便がやって来るまでに大忙しの荷物整理、例の如くギリギリにならなければ出来ないのは私の悪い癖。借り出していた本を図書館に返却して午前10時。楽園荘の隣の竹さんの有機農園をのぞいた。パパイアがストッキングに収まって揺れている。完熟したら墜落するので防護用ネットが必需品とおっしゃっておられる。知らない事がいっぱいある。
 帰る当日になっての快晴は皮肉なもんだ。田中教育長さんと植田さんがお別れのご挨拶に来て下さる。いっぱいいっぱいお世話になりました。
 午後0時半。与論空港まで楽園荘のゆかりさんに送って頂いたが、搭乗手続きを済ませて、あれ?帽子が無い!!慌てて楽園荘に電話して探してもらう騒動になったが、何の事は無い。送ってもらった車の座席の上にちょこんと残っていたとは、本当にお騒がせしました。
 竹さんがわざわざ空港までお見送りに来て下さった。大恐縮です。児玉先生は鹿児島へ研修で同じ便に搭乗されるとかで、見送りに来られた奥様にお目にかかった。お目出度でこの秋に出産予定とおっしゃってる。

 与論島の皆様、いろいろお世話になり、感謝しています。どうかお元気でお過ごし下さるよう。ミッシーク・トートガナシ!!
 ぶらり旅の長編にお付き合いして下さった読者の方々。どうも有難うございました!!

追伸
 マサ子さんと大田佳美さんから同じ日にお便りが届いた。佳美さんからは、茶花からの帰り道で偶然出逢った友達の名前が林優花さんである事を知らせてくれる内容。マサ子さんからは、ジッチャの容態について小康状態を保っておられる様子を伝えて下さってる文面を読んだのが正午前。それから間もなく午後1時過ぎ、マサ子さんから電話があって、ジッチャが今朝4時頃亡くなられたと知らされた。
 平素頑強な御人だったので、まさかと思ったが・・・・・合掌  (2006.07.26 亀野 稔)

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