番外編 41

2007ヨロンマラソン(その9) 出発
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スプリンクラーのセット ゴチャゴチャでどうなっているのやら


朝日を浴びた明石海峡のイカナゴ漁の漁船群


広い伊丹空港ロビーでぽつんと待つ家内


優衣の両親も気が気でないようだ


公衆電話の掛け方の特訓中


眼下の景色を見て落ち着いている二人

 年が変わってから3月1日の与論島への出発まではあっという間に過ぎてしまった。フルマラソンに備えてのトレーニングだけでも随分慌しかった。これで良いのかと思う反面、これ以上はもう無理という諦めも半分。つまるところは、何とかなるさの成り行きに任せようじゃないかな・・・・・
 3月1日の当地では、早朝の最低気温は2℃。事前に楽園荘からお聞きしていた与論島の気温は、今年は暖かくて24℃もあるとか。それでも一昨年のような寒い目に会っている家内は、冬用の衣類をどっさり用意して宅急便で既に送り込んでいる。暖かいのだったらTシャツの2枚も有れば用を足すのに。でも、午前7時に家を出る時は真冬の服装。
 目の前の明石海峡からは、昨日解禁になったばかりのイカナゴ漁の漁船のエンジン音が響いて来る。朝日が当たって色づいていて、今日の与論島までのフライトは穏やかそうだ。もう、忘れ物は無いだろうか?仕残した事はないだろうか?鍵もきちんとしたし、鉢植えの水やり用のスプリンクラーのセットも昨日トライして良かったし、いろんな思いが交錯するが、「エエイ」これで良いのだ。

 今回、那間小学校に体験入学をさせて頂いて上で、ひまわりキッズとしてヨロンマラソンにも参加する事になった北村優衣(ゆい)は、両親に伴われて来て伊丹空港で落ち合う事にしている。出発ロビーの一角に有る、昔の大坂の生活をイメージした人形を展示した所を落ち合い場所にしていたが、何と、時代はドンドンと入れ替わっていて、以前有った展示が模様替えしていたのは当て違い。初っ端から想定外の事態勃発だ。家内を出発ロビーへの階段の下で待機させて、その辺りをうろうろと探し回る事約10分・・・・・
 優衣親子をやっと発見。ホッ。待つ身になるのが多い家内の悩みを少しは理解。

 「可愛い子には旅をさせ」 優衣の兄の悠樹(当時小学校4年生)は、彼の両親に同じように伊丹空港まで送ってもらった後は一人旅で、先に与論島に滞在していた私達が与論空港で迎えた事がある。さすがに女の子の小学4年生となると、両親も気が気でないような雰囲気だ。優衣に公衆電話の掛け方を父親が教えている。何も無くても、与論島に居る間は、どうしているか電話だけはするように言い聞かせているようだ。
 一週間はどうかお任せ下さい。「なるようにしかならない」なんて言ったら余計な心配の種になっちゃうね。いいえ、心配しなくても、与論島の人達は皆心優しく迎えてくれるのだ。大船に乗ったつもりで安心していて下さい。

 搭乗ゲートを通り抜け、目の前のスリーセブンに乗り込んだ時の優衣は少々不安げだったが、急加速して大空に舞い上がった後、眼下に広がる始めての景色を眺めている横顔は、すっかり落ち着きを取り戻しているようだった。家内があれこれと世話をやいている。小学校4年生とはいえ女の子。女性同士ではないと話がスムーズに行かない事が多いようだ。例えば初めての所でのトイレの場合、男性が女性トイレの前で優衣を待っていると、他の人からは不審の目で見られるかもしれない。方向音痴の彼女、べそをかくような事になれば大変。面倒見が良くなければ出来ないと・・・・・私は、ただ眺めているだけだ。  (2007.03.10 亀野 稔)