番外編 46

梅雨のはしり
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海岸へ歩いていくと 目の前に真っ青な海が広がる


雨の古里一直線 歩く人の影は見当たらない


首を傾げる?バス停の時刻表


待望の雨がサトウキビの葉に光っている


雨など平気 那間小の児童

 2007ヨロンマラソンが終わってしまえば、このコラムも話題がどうしても本題から脱線せざるを得ない。これから来年の3月まで、端境期になってしまう有様は、茶花にある南島開発の製糖工場と同じだ。その原料となるサトウキビは梅雨の雨の恩恵を受けて大きく成長する。
 2007年のヨロンマラソンでは、孫の北村優衣を同伴していたので、神戸の小学校を抜けて、那間小学校に体験入学させて頂いていた関係上、長期の与論島の滞在は無理だった。けれど、それも無事に終わり、年代別一位のご褒美も兼ねて2週間程の与論島ホリディを家内に認めてもらって今年再度の來島となった次第。雨を待つサトウキビと同じように、この時期ならではの与論島を堪能し、コラムの取材と言えば大げさながら、島外から大勢の人の集まる晴れの日以外の与論島の素顔にも接してみたいのが狙いだった。
 だからと言って、雨を期待してきたわけではない。雨が降ったら自慢の真っ青な海の色が何処かへ行ってしまう。折角の与論島だ。でも、「沖縄地方は梅雨に入った」とテレビの気象情報で告げている。望むと望まないに関わらず、雨に降られてもしようが無いと諦め半分。なるようにしかならない・・・・・のだ。

 「古里一直線」。百合ケ浜に並行するように与論島の東部を南北に伸びているバス道の愛称だとは今年まで知らなんだ。ヨロンマラソンのアップダウンの多いコースで何時も泣かされているので、与論島にこんなに平坦で一直線に長い道路は似つかわしくない程。バス停の「古里」から南に2km以上ある。正確に地図で確認していないが、歩いて直線部分だけで30分かかった。昔、飛行場にと言う話も有ったと聞くのもさもありなん。
 何故そんな長い道を歩いているかと言うと、大した理由は無く、与論小学校の近くに有る100円ショップへ買い物に行く為だ。偶然、その時に雨が降って来て、歩きながら考えた。
雨が降って困るのは、さしずめこの私。傘を差しているが足元が濡れて来て、快適とは縁が遠い。何時もランニング・シューズを履いているから、靴下までグショグショだ。
 バス停留所「古里入り口」の前を通った時、腕時計とバスの時刻表を見比べると、南周りのバスが後5分でもう直ぐやって来る。雨の中のウォーキングもこの程度にして、バスに乗るのも悪い事ではないと思って待っていたら、バスは大体時刻表通りに走って来た。けれどバスの来たのは南の方からで、私は南の方へ行きたいのに、これでは反対向き。タビンチュの悲しさ。バスの出発点の茶花から南を向いて発車するから、時刻表では南回りになっているのだ。古里は与論島の東側にあるので、南向きに発車したバスは、ここ古里では北向きになって走っている。フーン・・・そうか。でもこれは誤解を招く表示じゃないかな?似たような例が有るが、例えば大阪市のJR環状線では、「内回り」「外回り」と言っているが、この方が分かり易いのではと思ってしまう。バス停の時刻表も、そう見れば首を傾げているのもご愛嬌。折角停車してくれたバスには乗らず、又歩き始めた。
 丁度その時、与論空港を飛び立った飛行機の爆音で、この風雨では操縦するパイロットも大変だろうなと想像してしまう。飛行機も揺れるだろうし、乗客だってお天気なら見事な弧を描く与論島のリーフも見えないだろう。かえって、後ろ髪を引かれる思いが少ないのかもしれない。

 逆にこの雨で喜んでいるのは?亡くなった楽園荘のジッチャがよく言っていたように、サトウキビは梅雨の雨を吸って大きく育つのだから、大喜びだろう。道端のサトウキビの葉っぱに水滴が光っている。
 楽園荘の隣の竹盛窪さん。雨を期待して挿し木をされたとか。ところが雨がなかなか降らずにジョウロで水遣りの毎日だったそうで、今日の雨降りは大助かりの筈。
 供利港や江が島の近くを泳いでいるグルクンやブダイやアイゴ等の魚たち。「今日はどうしたのだろう?オキアミが海面から落ちてこないので腹が減って困る」と、ぼやいていないだろうか?

 100円ショップで買い物を済ませ、再び古里一直線。雨に煙って先端がはっきりと見えない。その雨の中、那間小学校から下校してくる子供達が見える。降り止んでいないのに、いきなり傘を畳んで走ってる。そう言えば、雨も小降りになってきていた。  (2007.06.07 亀野 稔)