「人魚の涙」

新田一木

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- 第二話 -

 翌日、とうにナガミ(梅雨)は過ぎたというのにマサの家の前にあるユーニャの樹に小さな花のつぼみが、芽ぶいていた。ユーニャの花は、ナガミの頃にしか咲かないのである。

 五日後には、ユーニャの花がいっせいに咲いた。それからは毎日のように美しいユーニャの花が、万朶の花びらを庭いっぱいに散らした。絵のように香雲たなびいて咲き乱れるユーニャの中に、たった一つだけ真白い花があった。その花からは甘露のごとき芳香が漂うて、家の中まで馥郁(ふくいく)とした香りが流れこんだ。

 人魚が言ったように、その花を持って漁に出ると、まちがいなく大漁になるのであった。隣り近所にさえ分けきれぬほどに魚がたくさん取れるので、マサは漁に行く回数を減らした。そのぶん妻のウトゥと一緒に畑仕事に精をだした。六つになるヤマも両親の後から石を拾ったり、ノーダキ(雑草)を抜いたりして汗水たらしながら懸命に働いた。

 こうして、しだいにマサの家は村でも指折りのイヘンチュ(長者)になっていった。ところが息子のヤマが八つになったばかりの年、疱瘡の流行に当たってあっけなく死んでしまった。その頃は島は風葬だったからヤマの遺体はハキビナという海岸の断崖絶壁のほら穴に捨てられた。ひとり息子を失った母親のウトゥは、夏になれば「ああ、ヤマはこんな暑い日に石の枕の上でどんな思いで寝ているのだろう……。」と泣いた。冬になると「ああ、こんな寒い晩、あの子は冷たい石枕を抱いてどんなにわが家が恋しかろう……」と袖が濡れるほど涙を落とした。

 南の島、与論とて冬は寒くアラレがビシ、ビシと子供のあかぎれた頬を叩く。

 春、秋のおだやかに透みきった季節は、風光きらめきわたる自然の美しさにむしろ人の世のはかなさが、胸にしみる。

 ウトゥは、浜に出て万古くり返された潮騒の音に尽きることのない哀しみを白砂にこぼした。やがてウトゥは、とうとう家のミシンガタ(北側の奥部屋)にこもったまま、うつむいたきり何も言わなくなってしまった。マサが心配して尋ねてもブツ、ブツと訳の分からないことをつぶやくだけだった。そして、ある日のこと高熱をだして寝込んでいたウトゥが行方不明になった。マサを助けて村人達が捜してみたところ、ウトゥは死んだ子供と同じ崖の上で固い石枕に身を横たえて死んでいた。

 熱病に浮かされた体でよくこの険しい崖道を登ってきたものだと村人は不思議がった。こうしてマサは、子供のヤマが死んで二年もしないうちに妻のウトゥまでも失ってしまった。

 それからのマサは、何かにつけ一人ぼっちで海にでるようになった。漁をするためではない。村人と口をきくのが胸に鉛をつめたように沈鬱でおっくうだった。マサは悲歎のあまり半ば人間の言葉を忘れかけていた。マサの家は雨が漏り、風穴が開き荒れほうだいに崩れかけていた。石を積み泥を固めて造った家壁は、ほとんど剥げ落ちて石塊がむき出しになっていた。庭には雑草が生い茂り、その上には黄色いじゅうたんのようにユーニャの花びらが繽粉として敷きつめられていた。

 そして一輪のユーニャの花がいよいよ白く、輝くような香気を秘めて咲き続けていた。摘まれることがない限り、白いユーニャの花は自ら散ることがなかった。村人達はその花を不吉な狂い咲きと言って怖れた。荒涼とした廃屋のようなたたずまいの中から、青白く憔悴しきったマサが出てくると村人は、同情しながらも、いよいよマサも狂ったのだと思うようになった。マサは、うっすらと両目を閉じたまますれちがう人に気づくこともなく首を垂れて浜に降りていった。

 そんなとき、あたかも誰かに語りかけるかのように、時に声をはりあげながら、ぶつぶつと独りごとをつぶやいていた。

 マサの背中に、はっきりとあの世の影がしみついており、生霊はすでに冥府へとさまよいでているかのようであった。

 マサの後ろ姿を見る者は、死者の冷たい声を聞くようで身がすくんだ。

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  作者紹介

新田一木(にった いちぼく)

古くからある老木が、用をなさぬがゆえに切り倒されることもなく、生き永らえてきた。
昔から今へ、老木が見つめてきた島人<シマンチュ>の生活。

年輪に刻んだ与論島の喜びと悲しみを、無用の老木が、今、静かに語りはじめた。