尊尊我無タイトル 尊い生命へ、感謝と祈りを伝えたい KONICA MINOLTA 産経新聞70周年
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尊い生命へ、感謝と祈りを伝えたい
尊尊我無(トートゥガナシ)は主に奄美諸島の言葉で、与論島では今も日常的に使われている。「ありがとうございます」という感謝の意味や神様へ祈るときに使われる。自分を無くし、出会う相手や出会いそのものを尊ぶという意味も。
「与論島を振り返る」
 無私の感謝が息づく地域や人との出会いを求め、酒巻俊介カメラマンと日本列島を転々と旅した。その中でも奄美諸島最南端で、沖縄本島の北二十一キロの海上に浮かぶ与論島は絶対訪れなければならないと思った。なぜならば、この島では企画のタイトルともなっている「尊尊我無」という言葉が今でも日常的に使われていると聞いたからだった。

 那覇をプロペラ機に乗って飛び立つと、すぐに真っ青な海に囲まれ、エンゼルフィッシュのような形の島が眼下にみえた。胸の高鳴りを抑えつつ、いよいよ与論島へ降り立った。

 「ようこそ与論島へ。尊尊我無」

 迎えに来てくれた民宿の女将さんが早速、その言葉を発した。その後も出会う島人は感謝の意を表すときに普通にこの言葉を使っていた。さらに取材を終え、相手のお宅を辞するときにもしばしば「尊尊我無」と言われた。言葉を簡単に直訳すれば「ありがとう」だが、この場合は「来てくれてありがとう。さようなら」とでも理解すればいいのだろうか。ある人にその話をぶつけると、「尊尊我無という言葉が本当に島の人は好きなのよ」と簡単にまとめてくれた。

 しかし言葉とは言霊(ことだま)である。知らず知らずでも繰り返し使ううちに、その言葉は人との関係を強め、ますます不可欠な存在となっていく。

 元教諭の平静枝さんはこの島で、小さいころ育った旧家の家屋を一人で守り続けている。

 「今あるのは先祖がいたおかげ。自分が生きている間は残していかなければ」

 そんな思いを胸に、平さんは現在は無人となている旧家を日を置かず訪れて掃除し、お供えものやお神酒をささげる。行けないときでも自宅で朝夕のお祈りを欠かさない。そのときに唱える言葉は「尊尊我無」。

 「毎日が尊尊我無で始まり、尊尊我無で終わる。先祖に、そして今あることに対して感謝しているのよ」

 自分ばかりが先に立ち、息苦しさばかりが目立つ現代の社会で忘れられていた人間の根源なるもの。
このことに気づかせてくれた与論島に心の底からもう一度。

 尊尊我無―。(銭本隆行)

KONICA MINOLTA 人と技術が、つながる未来へ。 The essentials of imaging
暮らしのなかで本当に役立つ技術とはなにか。私たちコニカミノルタが求め続けてきたものは、画像によるコミュニケーションを通じて、人々の生活に確かな価値と豊かさを提供することであり、そのための技術開発でした。もちろん、ここでの技術は、ただ最先端や先進を求めるばかりでなく、
「人と技術の接点」が常にテーマとなって独自の進化を遂げてきたものです。写真技術をその出発点としながら、映像や情報に関わる多彩な分野への進出を果たし、さらには、蓄積した技術力をベースに他分野の技術や新しい技術とつながることで、これまでに数々のイノベーションを生みだしてきました。
新しい時代を見つめた、次のイノベーションのために
時代を彩った多くのイノベーションとともに、私たちがたどってきた歴史。そこから見えてくるのは、常に前を向き、人のための技術を追求するという理念の歩みです。未知の領域へ挑戦し、進化してゆく姿勢は、コニカミノルタの資産となって今日まで脈々と受け継がれてきました。
そしていま、画像コミュニケーションをめぐる情報文化はますます加速し、多様化、複雑化を極めています。こうした時代だからこそ、私たちもまた新たな進化を遂げなければならないと考えています。人々の暮らしに歩調をあわせながら、豊かな未来へとつながるイノベーションに向けて。私たちコニカミノルタは、次のステージへの取り組みをいまはじめています。
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