胸底をえぐる海鳴りが消えると、羅臼は流氷の季節を迎える。一月の下旬、北の海に天然のふたをするかのように流氷が海面を覆っていた。
ギシギシ、ギシギシ、ギーギーギー。接岸した氷塊が後ろからやってきた氷に押され、悲鳴を上げる。
氷面の下では他のどんな季節にも増して、魚が群れている。流氷が豊富なプランクトンを連れてくるからだ。その魚群を追って、アザラシやオジロワシ、トドもやってくる。だが、海が流氷に閉ざされている間、地上の人間たちは漁に出ることができない。
「海が休息する時期なんだ」
羅臼で漁師を四十年近くしていた嶋磯松さんは語る。流氷の到来で人と魚に"休戦協定"が結ばれ、この間に海は豊かな姿を取り戻す。流氷は北の海の天使なのかもしれない。
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