尊尊我無タイトル 尊い生命へ、感謝と祈りを伝えたい KONICA MINOLTA 産経新聞70周年
心をつなぐ結びの橋 「さつえい絵日記」はコチラ
 最後の清流とも呼ばれる四万十川。四国の大河にかかる橋は黒くくすみ、ところどころコンクリートがはがれていた。

 沈下橋。欄干がなく、橋脚は低い。通常は橋としての機能を果たしているが、増水すれば水面下に沈み、使えなくなる。潜水橋、もぐり橋とも呼ばれている。

 建設費が安く抑えられるため、かつては全国で架けられた。だが、通行を自然に左右される不便さから、常に水面に出ている「抜水橋(ばっすいきょう)」へ架け替えが進み、いまも存在しているのは全国で約四百十カ所(平成十年度)。蛇行を繰り返し、急峻な山々が川沿いにそそり立つ四万十川流域には、そのうち六十余りが残る。
雨の沈下橋

 森本裕子さんは四万十川の中流にかかる沈下橋「半家(はげ)橋」のそばで暮らしている。

 「年四、五回は水につかって通れなくなります。でも、なければずっと下流に行かなければならない。大切な橋・・・」

 橋脚が低いので、子供たちは川に飛び込んで泳ぐ。格好の遊び場。そして川を挟んだ集落同士の心をつなぐ“結びの橋”でもある。

 上流の一斗俵沈下橋は昭和十年に架けられた。現存する沈下橋の中で最も古い。

 「橋ができるまでは、対岸の集落と、学校などの公共施設をどっちに置くかでよくもめたものだったが、できてからはそんないがみ合いは無くなった」

 最古の沈下橋のそばで暮らす松井五男さんが遠い過去を振り返る。

 ひとたび嵐が吹けば、たちまち水位を増した川に飲み込まれ、人々の往来は途絶える。流されてきた大木や岩の激突で橋げたが落ちることもしばしば。そんな憂き目に遭いながらも、沈下橋は水面が下がれば何食わぬ顔で姿を現し、人々は感謝の思いを抱きながら、再びその背を渡る。無愛想に見えるその橋こそが、四万十川で暮らす人々の心の原風景でもあるのだ。

 春の雨は柔らかい。母と子が傘をさし、語り合いながら沈下橋を渡っていく。温かな空気が川面を漂っていた。(銭本隆行)



さつえい絵日記
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●撮影/酒巻俊介(産経新聞社 写真報道局)
【撮影データ】 6×4.5カメラ 200mmレンズ
コニカクロームSINBI200
●撮影地/四国・四万十川
●撮影状況:
雨の沈下橋。川面を見ながらの、親子の会話が聞こえてきそうだった。

撮影テクニック:
雨の中、ポジフィルムでは全体がブルーになってしまうだろうが、フィルター補正な どしないで。 親子の赤い傘が、一段と引き立ってくるから。
「四国・四万十川」案内
結び続けた心の橋
それは、人々の心をつなぐ橋でした。四万十川に架かるいくつもの沈下橋は、川を挟んで隣り合う集落の交流を深め、暮らしの幅を大きく広げてきました。
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雨の沈下橋
菜の花と光
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清流に青空


橋を渡る自転車

静かな清流
不思議な世界
陽を浴びたツクシ

一本桜

沈下橋の橋脚
大きな流れ

風景を映す川

モミの巨木
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